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※薬物に関する表現、描写があります。
ご不快に思われる方は閲覧にご注意下さい。
「っぁ…俺」
「翼。翼、大丈夫か?」
そっと撫でられた髪と、ヒヤリと額に触れた手が、俺を優しく落ち着かせてくれた。
「っ…こ、こは」
「病院だ。例の病院の特別室だ」
あぁ。まるでホテルの一室のような、とても病室には見えないこの部屋には、見覚えがある。
「あ、あぁぁ…俺」
「あぁ」
「はっぁ、夢、か…」
怖い怖い悪夢を見ていた。俺の手の中から、すべてが消えてなくなっていくような。
「ひ、みや、さん。俺」
「あぁ。おまえに使われた薬物の後遺症だ」
「っ!」
「さすがに、やつが使ったのはかなりの上モノで、たちの悪い後遺症が出るような粗悪品ではなかったが…」
「っ…」
「だからといって、ゼロではない」
知ってる。
学校の薬学講座で習ったことがある。
一度でも触れてしまったドラッグと呼ばれる薬には、どれほど怖い依存性と後遺症が残るのか。
脅かすように教えられた。
「っ、俺…」
大丈夫だ。今は正気だ。
ぎゅっと握った左手の拳を、包み込むように右手を運ぶ。
「え…?」
ふと触れた左手の薬指に、触るはずのものがないことに気がついた。
「っ、あ、指輪!指輪がない!」
「翼っ?」
「火宮さんっ、俺の指輪」
そうだ。あの時、本城に無理矢理外されて。
「違うっ。ごめんなさいっ。俺じゃないっ。俺が外したんじゃっ…」
あれがないと。
刃が消えちゃう。
離れていなくなっちゃう。
途端に身を包んだ恐ろしいほどの不安に、バタバタと暴れて所構わず探そうとした俺は。
「チッ、翼!」
鋭い舌打ちと同時に、ぎゅぅっ、と痛いほどに身体を抱き締められて、ハッと目を見開いた。
「落ち着け、翼!」
「んっ、ぅ…」
ガバッと乱暴に塞がれた唇に、ヌルリと妖しい感覚が走った。
「んっ、はっ…」
「翼。大丈夫だ。落ち着け」
そっと宥めるように背中を撫でられ、ホッと力が抜けていった。
「あ…。俺」
「大丈夫。大丈夫だ、翼」
トン、トン、と落ち着いたリズムで背中に触れられ、ゆっくりと呼吸が整う。
「大丈夫だ、翼。指輪なら、ちゃんと回収してここにある」
そっとポケットに手を入れた火宮が、スッと引き出した手を上に向けてゆっくりと指を開いた。
ぽつりと火宮の手のひらに乗った指輪が、キラリと光を弾いている。
「っ…」
「悪かったな。拾って、検査があったから、そのまま戻さずに預かっていた」
「っん…」
ちゃんと見つけてくれた。
指輪は消えずにここにある。
誤解もしないでいてくれる。
それだけでホッと、安堵の息が漏れた。
「ほら」
嵌めてやる、と恭しく左手が持ち上げられる。
「っあ?待って!」
スッ、と指輪の外側を摘んだ火宮の指の中で、不意に内側の凹凸が目に飛び込んできた。
「それ…」
「ん?あぁ、見たことなかったか」
もらったときは浮かれていて、嵌めてもらったときは照れ臭くて。実はリングの内側なんてまともに見ていなかった。
それ以来、約束通り、1度も外したことのなかった指輪。
その内側に、刻印が。なにかの文字が彫られていることに、今、初めて気がついた。
「見せて下さい」
パッと火宮の手から指輪を奪い取り、ジッとその内側を覗き込む。
一瞬、砂に溶けて消えてなくなってしまうビジョンが過ぎって、震えた手を必死で宥めた。
「翼?」
「ジェ?マーチェ、ら?ビエ…」
何かの文章の前の、JとTの意味は分かる。
だけどその後に続いた文は英語ではなく、残念ながら俺の語学力では読み解くことが出来なかった。
「火宮さん」
「ククッ。Je marche la vie ensemble」
「え?なんて?」
流暢に読み上げられたところで分からない言葉に、傾げた首を笑われて。
ふわりと目を細めた火宮が、悪戯っぽく耳に唇を寄せてきた。
『俺は共に人生を歩いていく』
コソッと悪戯っぽく吹き込まれた日本語が、ぞくりと全身に広がる。
「っ、俺。俺っ…」
あなたの指輪にも、同じ刻印があるのだろうか。
「火宮さんっ…。刃。じんっ」
あなたがいるから。
「刃っ」
共に生きる、あなたがいるから。
「俺っ…」
ぎゅっと指輪を握り締めた手が震える。
「あぁ。2人の人生だ」
「っ…ん」
「苦しければ俺に当たれ。責めたければ俺を攻撃しろ。大丈夫だ、大丈夫。俺が全部受け止めてやる。おまえの苦しみは、全部俺がもらってやるから」
ぎゅぅ、と強く、そしてどこか優しく抱き締められた身体が、泣きたいほどの温かさに震えて。
「耐えるぞ」
「っ、はい」
「これから、辛いヤク抜きだ」
「っ、はい」
「地獄だぞ」
「っ、はい」
コクン、コクンと頷く顔から、パラパラと涙が散る。
「それでも俺がいる」
「っーー!はいっ…」
ーーJe marche la vie ensemble。
あなたと共に。
俺と一緒に。
「必ず」
そっと開かされた手の中から、指輪が静かに奪われて、あるべき場所へと、優しくそっと収められる。
「っ…」
カチン、と触れ合わせた指輪と指輪は、強い強い誓いの言葉の代わりだった。
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