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「ひぃっ、痛ってぇぇぇー!」
「だから、その生欠伸、さっきから何度目だ」
ピシッと、指示棒で打たれた手の甲を、豊峰が涙目になってフーフーしている。
「うぇぇ、だってー、んなわけ分かんねぇ呪文をつらつらと唱えられても」
「ぷっ、呪文って。ただの公式でしょ?真鍋さんの説明、こんなに分かりやすいのに」
おかげでスラスラと練習問題が解ける俺は、もう指示されたページが終わりそうだ。
「くっそぉ。この、くそ眠い時間に、なんで翼は、んなに元気なんだよ」
「え?あは、だって今日は、死ぬほど眠ったからねー」
もうすっかり充電済みだよ。
「チッ、やりゃぁいいんだろ、やりゃぁ」
ピシッ!
「ひぃぁぁっ!痛ってぇぇぇー!なにす…」
「翼さんのノートを覗き見して写すな。あまり舐めた態度を取っていると、次は剥いて生尻叩くぞ」
うわ。
だから、この鬼家庭教師を怒らせるな、って教えてあげたのに。
真鍋の絶対零度を凌ぐ視線と、俺でも滅多に聞いたことのないドスの効いた声に睨まれて、豊峰がピキッと凍っている。
「藍くん、藍くん、ほら」
カラーン、とテーブルの上に転がってしまった豊峰のシャープペンを手に握り直させてやり、俺はユサユサと豊峰の腕を揺らす。
「あ、あぁ、うん」
ハッとしたように、問題に取り掛かった豊峰が、10秒ほど固まった後、またもポイッとシャープペンを放り出した。
「ダメだ、分かんねぇ」
「えぇっ?」
「はぁぁぁっ、おまえは」
あまりの諦めの早さにびっくりだ。
真鍋は真鍋で、怒るどころか完全に呆れているし。
「俺さ、そもそも基礎ってやつが、マトモに入ってねぇから、こんな小難しい問題なんて、解けっこねぇよ」
ポソッと不貞腐れたように呟いた豊峰に、真鍋の溜息が重ねて落ちた。
「はぁっ。ならばまず、基礎から勉強し直すか」
「え?は?なんでそうなる。そんなの…。俺のことなんて、もう見捨てていいから」
キッ、と目を上げてぎゅっと眉を寄せた豊峰に、真鍋の目がスゥッと細くなった。
「おまえ、武器はいらないのか」
「え…」
ポカンとなった豊峰に、俺もキョトンと首を傾げた。
「おまえは何故、今うちにいる」
淡々とした、なんの感情も浮かばない真鍋の無表情の、目だけが真剣な色をしていた。
「っ、それは…」
「豊峰組長と…父君と戦うためではないのか」
「ッ、そう、だけど…」
ジッと真鍋の眼差しに射抜かれた豊峰が、隣でモゾモゾと足を組み替えた。
「それなのに、おまえは丸腰で、素手で立ち向かって行くつもりなのか」
愚か者、とは、真鍋は口にはしなかったけれど、その言葉は言外に聞こえた。
「真鍋さんっ…」
「ふっ、おまえは、ヤクザを嫌っている。組を継ぐのは嫌だ。そして家業が憎い」
「ッ…」
「あの父親が敷いたレールの上を歩きたくない。おまえのことよりも、組のことが大事な父親に、反発したい」
当たりだろう?と艶然と笑う真鍋に、豊峰がギリッと奥歯を軋ませたのが分かった。
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