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「藍くん…?」
「くそっ、くそっ、くそっ。そうだよ。幹部サマの言う通りだよっ」
「藍くん…」
「俺は憎んでいるさ、親父と、その親父が率いる組を。ヤクザを。ハッ、俺が若?冗談じゃねぇよ。俺は組を継ぐつもりなんてこれっぽっちもねぇよ」
心底憎々しげに吐き捨てる豊峰を、俺は静かに、真鍋も黙って、ジッと見つめた。
「たまたま、極道の家に生まれたから。たまたま、組長の血を引く唯一の男子だったから。俺は組の跡取りで、若で。生まれたときからそうやって決め付けられて、窮屈な人生を強いられて…」
「藍くん…」
「そのくせ、組のためとあらば、親父は俺を簡単に差し出せる」
「っ…」
「親父にとって俺は、ただ組を継ぐ跡取りという名の人形で、いざというときにはいくらでも利用できる、都合のいい道具」
あぁ、あの時、確かに俺も聞いていた。
「俺の命は親父のものか?俺の人生は組のものなのかよっ」
「っ…」
「組のやつらもっ、親父が絶対で…。組を守るためなら、組長ってやつのためならば、なんだってしてみせる。それが当たり前のことで、当然で。そのことに何の疑問もない」
「藍くん…」
「あいつらは何なんだよ。組長って何なんだよ。俺は、意志だって、望みや願いだってある人間だぞ?俺は、自分を殺してまで、親父の道具として、親父や組のためだけに生きるのはごめんだ…」
ぎゅっ、と握り締められた豊峰の手の下で、俺の教科書がくしゃりと皺になった。
豊峰の口から語られた言葉は重すぎて、俺はなんと声をかけていいのか分からない。
そこに。
ふぅーっと1つ、真鍋の深い溜息が落ちた。
「これだからガキは」
「ッ…」
「だから武器を持て、と。私は…いや、会長は仰られているのだ」
コツ、と1つ、指示棒でテーブルを打った真鍋が、くしゃりと皺になってしまった教科書の上から、ピッと豊峰の手を弾いて退かした。
「学力は、その1つだ」
バシッと叩かれた教科書が音を立てる。
「おまえは、組を継ぎたくない、ヤクザになんかならない、父親の傀儡でいるのは嫌だ、そう喚いて反抗するだけで、ではそれに対抗できる何を持っている」
「っ、それは…」
「おまえがなりたいもの、やりたいことを語るのは大いに結構だ。だが、それをただ語るだけで、父親の手を跳ね返せると思うな」
ピシリ、と、鞭のように鋭い真鍋の声だった。けれどもそれは、俺には、豊峰を思っての言葉のように聞こえた。
「父親のしがらみから逃れたいと望むならば、まずは己の希望を裏付け、叶えることのできるだけの実力をつけろ」
「っ…」
「ただの感情論だけで太刀打ちできるほど、豊峰組長は甘い人間ではないぞ。それはおまえもよく知っているだろう?」
あぁそうだ。豊峰の父親は、ただ組の利益とあるだけで、実の息子さえも切り捨てることのできる、冷静で冷徹な人だ。
「っ…俺は」
「あぁ。だからおまえは、おまえの描く未来を、実現するだけの力を持つと示して、父親の説得に当たらなくてはならないのだ」
「っ、その、ために、勉強?」
「ヤクザ以外の何になるにしても、学力はまず必要だろう」
静かに口を閉じた真鍋が、ゆっくりと深く瞬きを1つした。
「っ…な、んで。なんで真鍋幹部は、俺のこと…」
「ふっ、これは私の考えではない」
「え?」
「会長が、おまえの勉強も見ろ、と言った意図が、こうだと思うだけだ」
シラッと、感情の窺えない無表情の真鍋からは、何がどこまで本気なのかはよく読み取れなかった。
「だから私は別に、おまえの味方でもなんでもない」
「っ…」
「まぁ会長も、決しておまえの味方や、おまえのためにそうしている訳ではないだろうがな」
ふと、チラリと俺に向いた真鍋の視線の意味は、俺にはなんとなく理解できた。
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