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「はぁぁぁっ、なんかもう、色々と疲れた」
火宮が、ちょっと席を外すから、豊峰に話し相手でもしていてもらえ、と、リビングを出て行ってから数秒。
ドサリとソファーの俺の隣に腰掛けた豊峰が、大きく伸びをしながら呟いた。
「クスクス、大丈夫?」
「はぁっ?大丈夫なわけねぇだろ」
「うん?」
はぁっ、と疲れた溜息を繰り返す豊峰は、俺たちのアレに遭遇してしまった以外にも、何かあったのか。
「真鍋さん?」
「それも」
「他に?」
「あぁ。和泉だよ」
「紫藤くん?」
はて?そういえば姿が見えないけれど、紫藤は今、どこで何をしているんだろう。
「あいつ…。なんかもう、わけがわかんなくて怖ぇんだよ」
「はぁ?紫藤くんが?」
コクリと深く頷きながら、豊峰が頭を抱えている。
「あいつ、昨日の夜……っ」
「藍くん?」
「いや。やっぱ何でもねぇ…」
チラリと何かを言いかけて、ハッとしたように顔を上げた豊峰が、フルフルと首を振る。
「あの…」
「何でもねぇ。俺も昨日は酔ってたし。でもただ…」
うぅ、と唸りながら言葉を途切らせてしまった豊峰が、ふとクルリと向きを変えて、身体ごと俺の方を向いた。
「な、なに?」
「っーー、翼っ!あ、あのさっ」
ぎゅっと膝の上で拳を握り、豊峰がぐいっと前に身を乗り出してくる。
「ど、どうしたの?」
「あのっ…おまえは、その、会長に、だ、抱かれてんだよな?」
「はぁぁっ?」
勢いよく何を聞いてくるのかと思えば、いきなりなんなんだ。
「その、つ、突っ込まれている方がおまえだよな?」
「ちょっと?藍くん?」
言うに事欠いて、突っ込まれって…本当、唐突に何の話をし始めるんだ。
さすがに引いて、ピクリと頬を引き攣らせた俺を、豊峰は半分泣きそうな、だけど決して揶揄っている様子ではない表情で見つめてきた。
「っ、俺も、自分で何変なこと聞いてんだよ、ってのは分かってる。分かってんだけど…」
「藍くん?」
「っ、その、さ…。挿れられるのって、痛く、ねぇの?」
恐る恐る、と言った様子で、上目遣いに見てくる豊峰が、なんだか迷子の仔犬のように見えた。
「藍くん…?」
「っ、どうなんだよっ」
「う、うん、まぁ…」
そこは火宮のテクニックに依るものが大きいだろうけど。
「へ、へぇ?そうなんだ…」
「うん…」
そっか、と今度は急に俯いて、ジッと足元を見つめている豊峰が、なんかおかしい。
「ねぇ藍くん。どうしたの?急にそんなこと聞いて。もしかして何か…」
「え?やっ、な、なんでもねぇよっ?」
「でも…」
「っ、だからっ、ただ、俺はそのっ、さっきおまえが、あんまりヨさそうな声を出してたから…」
「っーー!」
なっ…。
「だからっ、藍くんっ、それはっ…」
なかったことにして、って意味で、不問に付したのに…。
「だからっ、俺はただ…」
「ああああ、藍くんっ?」
「へ?」
「そ、それ以上その話を続けたら、ナシにしてあげた処罰、やっぱり与えることにするからねっ?!」
もう本当、なんでぶり返すかな。
恥ずかしさのあまり、完全にテンパった俺は、同じように豊峰も何故かテンパっていたことに気づかなかった。
「はぁっ?ちょっ、翼、そりゃねぇだろっ。俺が一体真鍋幹部からどんな目に遭ったと思って…」
「し、知らないよっ。覗きなんてする方が悪いんでしょっ?」
カァァッと熱くなった頭が、もう冷静な思考回路を形成できない。
「覗き…って、俺もしたくてしたんじゃねぇっての!ただ2度寝から起きて、顔でも洗ってスッキリしようかと思って向かったバスルームで、おまえと会長がヤッてるなんて、誰も思わねぇだろっ?!」
「だからっ、ヤッてるとかねっ?そういうことをねっ…」
むやみに口にするなっていう話をしているわけで。
「ったく、むしろ俺の方が被害者だって言いてぇよ…。おまえのあんな声は聞かされるし、真鍋幹部からは酷い目に遭わされるし…」
「だーっ!被害者は俺っ!そんな恥ずかしい場面知られて、声まで聞かれて」
泣きたいのは絶対に俺だ。
ギャァギャァと、いつの間にか言い合いになってしまっていた俺と豊峰の元に、ふと第3者がリビングのドアを開けて現れた。
「藍と、火宮くん?何騒いでいるの?」
ガチャッとドアを開けて入ってきたのは、楽しそうだね、なんて呑気に首を傾げている紫藤だ。
「っ、和泉…」
「あっ、し、紫藤くん。別に、俺たちは…」
ハッとした俺たちは、互いに顔を見合わせた後、互いにパッと目を逸らす。
「そう?なんだか楽しそうに騒いでいる声が聞こえたけど」
混ぜてくれないの?なんて無邪気に笑う紫藤に、俺はフルフルと首を振る。
「だからっ、俺たちは別に何も…」
この上さらに、紫藤にまで例の話を掘り返されてはたまらない。
にこりと笑って俺がシラを切ったところで、またまたリビングのドアが開いた。
「翼。メシが出来たみたいだぞ」
「っ、火宮さんっ!」
救世主ー!
「ッ、なんだ、どうした」
思わずパッとソファから立ち上がって、火宮に駆け寄ってその身体に飛びついてしまった俺を受け止めながら、火宮が笑う。
「なんでもないです。お腹空いたー。行きましょ、火宮さん」
ゴロニャンと火宮に甘えかかりながら、俺は早々にこの場からの逃走を図る。
「あっ、おい、翼っ!」
俺を和泉と2人きりにするな、と追い縋る豊峰の声は無視だ。
「ふふ、相変わらず、ラブラブだねぇ、火宮くんたちは。じゃぁ藍、僕たちも昼食に行く?」
うん。放っておいても、紫藤と豊峰も勝手にするだろう。
後ろから聞こえる声に、1人勝手に頷いて、俺は火宮の腕をぐいぐい引きながら、昼食の準備が整ったらしい別室に向かって行った。
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