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榎野が例のとんでも男に出会ったのは、大学のサークル見学の際だった。
はっきり言って、榎野は大学進学を惰性で選んだ。まだやりたいことなんて見つかってないし、せっかくならもう少し勉強しておくか。なんて軽い気持ちでいた。
無事合格して、白亜の建物を見上げてもあ~来ちゃったなくらいの感慨しか正直覚えられなかった。
だから、近くの友人らがサークルに関して勧誘してきても、どうせならついていこうかくらいの気乗りしない様子だった。
スポーツは面倒くさいし汗だくになる。…かといって芸術方面はてんで駄目。自分の格好良さを維持できる+あんま動かなくて済むサークル…。と、見事なぐ~たら思考で、軽音サークルの見学に足を運んだ。
軽音サークルの活動拠点である音楽室に足を踏み入れると、小柄な赤いパーカー姿の男が懐に飛び込んできて、勧誘のチラシを眼前に押し出してきた。
「よろしくねっ!!楽しいから!!」
猿の如きすばしっこさに圧倒され、榎野は気づけば掠れ声で答えていた。
「…ッス。」
それから、他のメンバーに導かれ、見学者達は用意されていた丸椅子に腰掛けるよう勧められる。座らされた席は横一列で、見学者は十数人ほどいた。座ると、教卓のある位置が微妙にせり上がっていてステージみたいになっているのがわかった。ステージには、見学者らと同じ形の椅子が五つほど点在している。更に、椅子の前には楽器が置いてあった。マイク、ギター、ベース、キーボード、ドラム…。とりわけ、本体が黒々と輝くギターは榎野の目を惹いた。
しばらくすると、それぞれの椅子に軽音部のメンバーが腰を下ろし出す。榎野は僅かに瞳を見開いた。…ギターの席に座ったのは、先ほどの猿赤パーカー野郎だ。
マイクの前に立ったのは、優男風の奴で見目勝負をするならはっきり言って榎野の足元にも及ばなそうな雑魚だった。
雑魚が口を開く。外見通りの、乙女の耳を溶かしそうなウィスパーボイス。
「じゃあ、一番左端の子から。曲のリスト渡すから、中から好きなのを選んでね。」
左端の女子生徒が、メンバーに渡されたリストの項目からおずおずと一曲を選ぶ。
OK、とボーカルが承り、各々が楽器を構える。
ピンと張り詰めた空気。長いようで短い…始まりの音が鳴らされるまでの静けさ。
のっぽのドラムの男がバチを叩き始めた刹那。空気が一変した。鼓膜が震え、感覚がどっと溢れ出す。音の爆風が榎野を襲った。
音の洪水が榎野の感覚という世界全てを占拠した。高い、低い、大きい、小さい、強い、弱い…。みんなひっくるめて、榎野という一人の人間を乗っ取ろうとしていた。
目新しかった大学のキャンバス、教室の一角、快晴の空、桜並木がざわつく音。全て陳腐に思えた。あの瞬間、音以外の皆が榎野にとっては無価値に等しかった。
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