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昼食を終え、会計を済ませた二人は帰路に着く。昼下がりの眠たい午後。大学前の坂。ゆらゆら揺れる陽炎。八百屋の前で、シワが目立ってきた年配の女性が、打ち水する光景。気を狙って、道路をととっとかける猫。そして、何といっても圧倒的な蝉の大合唱。
坂を下りつつ、楠田は大きなアクビを一つ。隣で彼を眺めていた榎野が、軽口を叩く。
「…キスの催促ですか??」
「ほざけ。」
小さな先輩のツッコミは鋭い。
楠田は背負っていたギターケースを担ぎ直して、後輩に告げる。
「あ~、そうだ。瑠璃条さんとのリサイタルな、九月中旬になると思う。」
榎野は即刻、眉を顰める。
「…不要な情報、ありがとうございます。」
感情の一切が抜けた台詞に、先輩は長めの息をつく。
「…お前な。これだけは言っておくぞ。瑠璃条さんが苦手なのかもしれないけど、あの子にヴァイオリンは間違いなく魅力的だから。」
お前も練習以外の場で一度くらい聴きに来いよ、と先輩は勧める。榎野は横目で人の気も知らない先輩をちょっぴり睨んで、話題を変えた。
「…楽器といえば、ですね。」
前々から気になってはいたんですけど、と榎野は問いかける。
「楠田さんって、俺のドラムのどこが好きなんですか??」
歩調を合わせて進んでいた先輩が、途端に立ち止まる。自然と、隣り合って歩いていた榎野は彼の数メートル先で足を止めた。
「…から。」
「えっ??」
聞き直す後輩に、楠田は片手をひらひらと横に振って、何でもない、と答える。何でもないじゃないでしょう、と榎野は執拗に食い下がる。
「俺のドラムのどこが好きか、きちんと教えて下さい。言いかけてやめられたら、俺も気になるじゃないですか。」
うるさい、と楠田は後輩の抗議をぴしゃりとはねのけ、スタスタと歩き出す。だが、榎野の数歩先で唐突に停止すると、深く俯く。
「時間ができたら…教えてやる。…とにかく、こんな不特定多数がうようよする場所で言えるかっつーの!!」
「…ケチ。」
「内緒は内緒だ!!」
榎野は納得いかなかった。が、こちらに上半身だけ振り向いて、口元に人差し指を押し当てる想い人に悩殺されたので、この件は一応保留にする。
「ああ、そういや。」
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