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だってそれが、と告げてから榎野は観念したように相手と視線を合わせて言う。
『両思い、ってやつでしょう??』
泣き顔で、それでも不細工な笑みを浮かべる榎野に、年上の男は頭を斜めにして、やがて小さく吹き出した。
太陽の光が寝室に差し、窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。
可愛らしい鳴き声に薄目を開いた榎野は、一瞬にして覚醒した。
榎野の目前…ベッドの真横で、憧れであった片思いの相手がギターのネックを両手で掴み、振りかぶっていた。
「やめろぉぉぉっ!!」
榎野の声と共に、先輩は無慈悲にギターを床へと振り下ろす。後輩は決死の思いで楠田に抱きつき、ギターごと彼の身体を床に押し倒す。
「ギ、ギターッ!!」
榎野は叫びながら、上半身を起こし、普段なら神経質に扱うべき楽器を調べる。見たところ、目立った外傷はない。
「…どうして止めたんだ。」
ギターを抱える榎野の背後で、年上の男が恨みがましげに呟く。後輩が振り返ると、倒れたままの楠田は、片腕で目元を覆い、息を吐き出す。長く重い…楠田らしくない溜息。
「もう、ギターなんていらない。」
言葉の節々が、声の主の感情を反映して代弁するように震える。
「俺は、晴れて来月から社会人の仲間入りだ。最初の一年は、やっぱり苦労するって先輩に聞いた。仕事内容を覚えるだけでいっぱいいっぱいだ。趣味に時間を割いている暇なんてない。佐々ご自慢のバンドだって、やめた。」
ならどうしてギターがいるんだよ、楠田が咆哮する。寝転がった彼の双眸から、とめどない涙の筋が頬を伝い落ちていく…。
「じゃあ、いつか、俺のために弾いてくれませんか。」
思わぬ後輩の申し出に、楠田の全身が大きく震えた。
「何年かかってもかまいません。ずっとずっと傍にいます。あなたの傷が癒えるまで、好きになってもらえるまで、俺は離れませんから。だから、この先いつか、またギターを弾いて下さい。」
なんでそこまで…と想い人の嗄れた声が榎野に問いかけてくる。後輩は、穏やかな表情で答える。
「飲み会の時に、話しませんでしたか??…フウセンウオの話。」
フウセンウオは間抜け顔で、魚の癖して泳げない。腹部にある吸盤で岩にへばりついて生活しています、とエノは語る。
「それでも、水の流れに逆らって生きるフウセンウオが、俺はとっても好きなんですよ。」
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