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「アイツとは大違いだ……」
本題をズレようとしていた思考が、奏英の低い声に戻される。奏英を見ると、その見たことのない顔にゾクリとした。
眉を寄せた、怒ったようなその表情。
奏英がこんな人間らしい感情を表すなんて、初めてのことだ。
「アイツって……?」
正直、奏英にこんな顔をさせる奴のことを聞いて大丈夫なのか、迷った。でも好奇心には勝てなくて、気づけば口に出してしまっていた。
その声は虫の羽音みたいに小さくて情けなかったが、奏英にはちゃんと聞こえたようで、呟くように返事をする。
「僕の、弟」
「……弟…?」
「うん」
……偶然だが、やっと奏英の家族の話が出てきた。
俺は奏英の家族の話を引き延ばすため、必死に質問をひねり出す。それは、作戦というよりも、ただ興味があっただけなのかもしれない。
「へぇ、奏英は弟がいたのか。どんな人なんだ?」
「……え? 僕の弟の話なんかどうでもいいだろ?」
「いや、結構興味ある…けど……」
雲行きが怪しくなってきた。
さっきまで淡々と話していたのに、突然沈黙が落ちる。
その間、じっと見つめてくる奏英から目がそらせなくて、そらしたらまた首を絞められて、今度こそ殺されてしまうような気さえした。
「………侑太郎も、弟の方がいいんだ?」
「……は…?」
「僕の弟はね、頭が良くて、天才って言われてて、将来有望で、友達がいっぱいいて、みんなに好かれてる人。弟を見るとね、吐き気がするよ。どうしたらあんな笑顔を振りまけるんだろうね。みんなに愛されて、みんなに認められて、目障りなんだよ、アイツは……」
「ちょ、ちょっと! 奏英っ……」
この様子からして、奏英とその弟は険悪な仲だったようだ。まずいことを聞いた。
さっきまで普通だったのに、いきなり違う誰かになったような奏英が怖くて、慌てて声をかけて話を止める。
「えっと…もうその話は、いいから……」
「……なんで?」
「っ………」
「…なんでそんな顔するの?」
ああ……やっちまった。
「いッ……っ…、奏英…!」
「こんなに優しくしてるのになんで? なんで僕に怯えるの?」
「ぁ…っ……痛、い……!」
髪の毛を掴まれ、奏英の鼻先まで引き寄せられる。わざとやっているのか、奏英は俺が痛がる姿を見て、うっすら笑みを浮かべていた。この笑顔は、無意識なんだろう。多分奏英は、自分が笑ってるなんて気づいてない。
「侑太郎、お願いだから怖がらないで…僕の奥さんなんだから……」
「な、に…ッ…!」
奏英に後頭部を掴まれ、シーツに顔面を押し付けられる。その途端にうなじあたりに何かが触れて、刺すような痛みに体を震わせた。
その後、生ぬるい舌に舐められて初めて、うなじを噛まれたのだと気づいた。まるで、マーキングするみたいに。
「かな、え……頼むから……!」
「……なに?」
「っ腹、減った…メシ食べよう…? な?」
「……ああ、そうだ。侑太郎は、朝ごはんまだ食べてなかったね」
我に返った、というのか。
奏英は普段の雰囲気に戻ったかと思うと、ようやく俺の髪から手を離してくれた。
用意してくる、と言って部屋を出ていった奏英を見送り、安堵する。噛まれたうなじをさすってやりたいが、生憎手は使えない。
「チッ……痛ぇんだよ、クソ野郎……」
奏英は、まるで不安定な子供だ。
……いや、実際奏英は子供なのかもしれない。
俺だって家庭環境に恵まれたわけではないが、少なくともここまで生きてこられたのは見捨てずにいてくれた母のおかげだ。母がいなかったら、今俺は刑務所に入ってるか、今生きてるかもわからない。
もしかして奏英は、他に家族を求めるくらい、頼れる本物の家族がいなかったのだろうか。
……だとしたら、少し、可哀想だな。
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