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「ちょっとあなた……今日は早く帰って来てって言ったわよね?」
親父が帰って来た。
酒の匂いに混じる香水の香り。母はいつものようにそれに気づかないふりをする。
「ああん? んなの忘れたよ。飯ならもう食ったからいらねぇ……」
「忘れたの!? 今日は……侑ちゃんの誕生日なのよ?」
「………」
もう顔も覚えていない親父なのに、なぜかこの日の記憶だけが消えてくれない。
のっぺらぼうの親父が、ケーキを前にして黙って座る俺を見下ろす。それから、くだらないとでもいうように笑った。
「あーはいはい、おめでとさん。何歳になったんだっけ?」
「っ……あんたね、いい加減にしなさいよ!」
「うるせぇ、テメェに話しかけてねぇんだよ!」
それから二人の喧嘩が始まるのがわかって、まだ幼い俺は静かに泣き出す。
それに気づいた母が喧嘩を中断しようとするが、酔いも相まってヒートアップした親父は止まらない。
「そんなに泣きてぇならここで泣いてろ!!」
首根っこを引っ掴まれて、押入れに投げ込まれる。母の非難する声に重ねて、親父がさらに怒鳴りだす。
その間に押入れの扉が閉まって、俺は闇の中に閉じ込められてしまう。
『 』
『 』
両親の喧嘩する声が怖かった。俺は静かに泣きながら、耳を塞いだ。何も見えない闇の中。じっと正面を見つめていると、誰かが現れそうだと思った。
いっそ、ここから連れ出してほしい。
俺の誕生日なんか、無くなってもいいから……。
「侑太郎、ただいま」
「っ………」
深く沈んでいく思考に、光が射す。
顔を上げると、クローゼットを開けた奏英がいた。
「……侑太郎? どうしたの?」
浅くなっていた呼吸が、急に戻っていく。
違った。ここはクローゼットで、押入れなんかじゃない。閉じ込めたのは奏英で、親父じゃない。
変だとは思うが、奏英の顔を見て安心したのか、涙が溢れて頬を伝った。奏英で良かったと思ってしまった。良いはずないのに、親父よりはマシだと思った。マシなはずないのに。
奏英は案の定、意味がわからないとでも言うような顔をしていた。
それから、なぜか優しく微笑むと、俺の頭に手を伸ばしてポンと叩く。やっぱりこいつ、俺をペットか何かだと思っているだろ。
「よしよし、寂しかったね。ごめんね遅くなって」
「っ……」
「今ガムテープ外すね。痛いと思うけど、我慢して……」
奏英は、珍しく俺に気遣いながら口のガムテープを剥がしてくれた。なんだよ、手加減知ってるんじゃねぇか。
それから奏英に抱えられ、今度こそベッドに降ろされた。
「奏英っ……」
「……ねぇ、なんで泣いてるの?」
「……頼むから……」
言葉がうまく出てこない。
奏英は困惑した表情で、俺の涙を拭ってくれた。そりゃそうだ。俺だって、なんでここまで泣いているのかわからない。
「…もう、俺をあんなところに閉じ込めないでくれ……」
「……クローゼットは、嫌だった?」
「……狭くて、暗いところは駄目なんだ。昔から…」
「へぇ、どうして?」
奏英はベッドの淵に腰を下ろし、俺の髪を撫でる。
その手つきがいつもより優しい気がして、だんだん落ち着いてくるのがわかった。
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