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ぼんやりとした世界を漂っていた。
天井も、床も、代わり映えのない景色。閉められたカーテンの隙間から、窓に雫が伝っているのが見えた。
そういえば、雨の音が聞こえる。それも、相当な量だ。
奏英は、傘を持って行ったっけ。
「ただいま」
バタン、と玄関の戸が閉まる音がして、奏英の声が部屋に響いた。
その後に聞こえた布の落ちる音は、奏英がフードを脱ぎ捨てた音だろう。
それから、奏英はまっすぐ俺のベッドに来て、スプリングが軋む音に目を開けた。
「……おかえり」
「ただいま。今起きたの? 寝坊助だね」
「……ん…」
本当は、奏英が家を出て行った時も起きていた。
でも、起き上がる気もしなくて、瞼も重かったし、二度寝しようとしたんだ。眠れなかったけど。
ポタリ、と頬に冷たい水が落ちた。
見上げると、奏英はびしょ濡れだった。やっぱり、傘を持って無かったらしい。
伸びた髪から滴る雫が、ベッドを濡らし始めた。季節外れのTシャツは、雨で肌に張り付き、透けて奏英の肌が見えていた。
「……風邪ひくぞ」
「じゃあ、暖めて」
奏英は、体にかかっていた毛布を剥がし、有無を言わさず俺を抱きしめる。
冷えた奏英の体温に、俺の熱が奪われていく気がした。
寒くて、冷たい。
そりゃそうか。もう秋だし……。
「侑太郎は、どこか行きたいところある?」
「……どこかって?」
「お金が入ったんだ。だから、僕が連れて行ってあげるよ」
嘘つきな奴。
お前のところ以外、どこにも連れて行ってくれないくせに。
目を瞑って、どこに行きたいか考えた。
真っ先に出てくるのは、俺の実家。母が得意の生姜焼きを作って、泣きながら待っているような気がするから。
……なんて、そんなことないか。
何度も俺のニュースを見てきたけど、母親の姿は一回もなかった。きっと、もう俺のことなんて忘れてんだろう。
こうしている間にも、みんなの記憶から自分が消えていく。
香織も、友人も、バイト先の先輩も……。
そう思い始めると気が狂いそうで、ついには考えることをやめた。
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