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「侑ちゃん、手繋ごうよ」
中学三年の冬。
俺と香織は、なんとなく気恥ずかしくて、恋人らしいことは何一つできていなかった。
なのに、香織がその時初めて、真っ赤に頬を染めて俺を見ていたのを覚えてる。
「……やだ」
「ハァ!? なんで!?」
「……別にいいだろ、そんなん」
恥ずかしい。香織とそういうことをするのが今更な気がして、俺は情けなくもポッケに手を突っ込んで歩いていた。格好つけて、「何もよこしまな感情はありません」みたいな顔をして。
そしたら、香織がいつまで経ってもついてこなくて、振り返った。そこには、香織が今にも泣きそうな顔で立っていた。
「おい、香織、さっさと……」
「じゃあ好きって言って」
「っは?」
「早く言ってよ!!」
あの普段泣くことのない香織が見せた涙にびっくりして、心臓がばくばくと音を立てた。
……ああ、俺が泣かせた。
ズキッと痛む胸に気づかないふりをして、「なんでだよ」なんてまた格好つけて、その場で立ち尽くすしかできなかった。
本当は俺だって、手を繋いで、好きだと囁いて、抱き締めて、キスして、セックスだってしたかったのに……。
「侑太郎、セックスしたい」
眠りに落ちそうだった頭が、覚醒する。
真っ暗な部屋。背後から胴に回された両腕が、強張った俺の体を逃すまいと抱き寄せる。腰に当たる固いものに、奏英が興奮して眠れないのだと嫌でも気づかされた。
……そういえば、最近してなかったな。
奏英が無理やりしたくないだとか、言い出したおかげで……。
「……我慢、できねぇの…?」
だったら、もうちょっと耐えて欲しい。
その優しさとやらが、気まぐれじゃないことを確かめさせて欲しい。
そんな思いで奏英に問いかけると、更に両腕の力が強まる。
「……侑太郎が嫌なら、我慢、する」
奏英は、衝動に耐えるように、俺の首に頭を埋めた。
……正直、びっくりした。
奏英が本当に我慢してくれるなんて、思わなかったから。
何の心境の変化なのか知らないが、この状態がずっと続いてくれればいい。でも、奏英が我慢し過ぎて、爆発するのは勘弁して欲しいもんだ。
「……あの、さ…マジで、なんかあったのかよ…?」
「……なんで?」
「だって……お前はいつも、俺のことなんて……」
「………」
俺のことなんて、気にしないだろ。
そう言いかけてやめてしまったのは、未だに、奏英の機嫌を損ねるのが怖かったからだった。せっかく奏英が優しいのに、また元に戻って欲しいわけではない。
しかし、奏英は俺が何を言おうとしたのかわかったのか、ポツポツと話し出した。
「だって……侑太郎が、壊れちゃう気がして…」
「……は?」
壊れる?
「……今までの奥さんはね、最初はみんな元気なんだ。でもだんだん、何にも話してくれなくなって、キスしても上の空で……最後には、心がなくなっちゃったみたいになるんだ」
壊れちゃうんだよ、と、奏英は震えた声音で呟いた。
その声に、ドクンと心臓が高鳴る。
初めて奏英の内側を覗いたような気がした。
「……そうか」
俺は壊れねぇよ、とは、言えなかった。
今までの誘拐された奴らの気持ちが、痛いほどわかった。
自分の生きる意味もわからずに、ただ食事と一方的な愛情を与えられて生かされる。
檻に入れられた動物みたいに。
「奏英は……なんで家族が欲しいんだ?」
「え……?」
「お前の、本当の家族じゃ駄目なのかよ」
今しか聞けない気がして、ずっと気になっていた質問を背後の奏英に問いかける。
すると、奏英はしばらく静かになって、それから、急に両腕の力が弱まる。
まさか、寝たのか? このタイミングで?
そう思って、縛られた手足を器用に使い、体を反転させる。しかし、奏英は寝ているわけではなかった。
「僕はっ……僕をちゃんと、愛してくれる、普通の家族が欲しい」
「……」
「僕が変でも、頭がおかしくても……ちゃんと、愛し合って、結婚して、家族を作りたい……」
「そしたら……幸せになれるから」
奏英は、やっぱり子供みたいに泣いていた。
ボロボロと涙を流して、手で乱暴に拭う。その姿があまりに痛々しくて、奏英の手を取ろうとした。でも、腕が縛られているせいでできなかった。
「奏英……」
こいつの家庭がどんなだったかなんてわからない。きっと不幸せだったんだろう。だから、「普通の結婚」に憧れるんだろう。
でも、「普通」に結婚した人たちが、ずっと幸せなわけじゃない。俺の父と母のように、愛し合って結婚したのに、憎み合って離婚することもある。幸せは、突然不幸せに変わる。
「だから……侑太郎は、壊したくないんだ。壊れてほしくない……」
…今感じている気持ちは、完全な「同情」だ。
わかってる。こんな犯罪者の辛い過去なんて気にする必要はない。でも、人である以上、何かを感じずにはいられない。
……可哀想。こいつは、可哀想だ。
「やっぱり……明日、髪切ってくれよ」
「……え?」
「邪魔くさいなら…切ってくれんだろ?」
自分から犯罪者に歩み寄るなんて、どうかしてる。
……後で絶対、後悔する。
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