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奏英は、軽く俺の額にキスをして立ち上がった。
それから、何も入っていないはずの棚から一枚の封筒を取り出す。
「実は、僕らの新生活のために、新居を用意しようと思ってたんだよ」
「……新居……?」
「うん。このマンション、もうすぐ取り壊されるんだ。そろそろ引っ越ししないとね」
引っ越し……?
誘拐犯がそんなこと、できんのかよ。
そもそも、取り壊しって……そんな感じ全然しなかった。っていうか、このマンションに他の住人がいる気配もなかった。
「次の家はここにしようと思う」
奏英に封筒を渡される。真っ白な封筒の下部には、『田渕不動産』と書かれていた。
その瞬間、今までの謎が解けた。
今までどんなに騒いでも文句を言われなかったのは、このマンションに俺たち以外住んでいなかったからだ。このマンションごと、奏英の家だったんだ。
じゃあ、結局助けを呼んでも、口を抑えても無意味だったってわけか。それならそうと言ってくれればいいのに……やっぱり悪趣味な奴。
でも、もしかしてこの田淵不動産って……。
「あ、あのさ……田渕って、お前の苗字だよな?」
「そうだよ」
「……お前の家って、不動産屋……?」
「うん」
「……え? いや、あの……お前の家族は……知ってんの? この、こういう……」
おそらくこのマンションはその不動産屋の所有物。それに『田渕不動産』は、連日CMで一日一回は見たことのある大企業。
その息子が、こんな犯罪に手を染めているなんて、大スクープどころの騒ぎじゃない。
なのに今まで騒ぎにならなかったのは、もしかして……。
「侑太郎は、そんなこと気にしなくていいんだよ」
「…………でも、」
「外のことも、家族のことも、侑太郎には関係ない。これから侑太郎は、僕のことだけ考えて生きていくんだから」
「……あっそ」
何も、そんな言い方しなくていいのに……。
もうとっくに、お前のことしか頭にないんだから。
でも、これで奏英のことがまた少しわかった。
コイツの家族が、この誘拐事件の隠蔽をしてる。資金源も、もしかしたら今まで死体の処理も、コイツの家族がやったに違いない。
大企業の息子がこんなことをやってるなんて知れたら、会社生命は終わりだ。だから隠しているんだろうが……。
そこまでするなら、どうして息子ごと殺さないんだ?
一番厄介な"奏英"を殺せば、全部終わるのに……。
「……侑太郎? あ、ごめん! 怒った? 何か気に障ったこと言っちゃったかも……」
「いや、違う、違う。…悪い……」
おい、待て。落ち着け……。
なんてこと考えてるんだ俺。コイツを殺せばいいなんて、そんなこと……。
そもそも悪いのは、コイツをこんな風に育ててしまった親なんだから……。
悪くない。
そう。奏英は、本当はいい奴なんだ……。
封筒を開けると、三枚の紙が入っていた。取り出すと、一戸建ての物件の情報のようだった。
「一戸建てか。……いいな」
「うん、出来るだけ周りを気にしないで静かに過ごしたいと思って」
ああ、そうだよな。バレたらやばいもんな。
「マレーシア、カナダ、イタリア……? ……随分、遠いな」
「うん。だって、日本にいると色々面倒でしょ?」
「…………これしかないのか?」
「そうだよ。侑太郎が選んでいいからね」
おいおい、勘弁してくれ。本格的に俺を外界から隔離するつもりか……。
海外なんて、そんな……。
日本を出ちまったら……もう俺なんて、誰も知らない。誰も、俺がどんな目にあってるか知らない。わからない。
「……俺、日本出たくない……」
「駄目だよ。僕たちは日本を出なきゃ、普通に暮らせないんだから」
「"僕たち"って………」
「…………」
「……い、や……なんでもね……」
普通に暮らせないのは、お前だけだろ。
でも、嫌だなんて言えない。今更、日本に止まったって意味ねぇのに……何にすがってるんだろう、俺は。
未練がましい希望に蓋をして、封筒から適当に紙を引いた。
「じゃあ、これ」
「マレーシアだね。僕もそこがいいと思ってたんだ。電話してくるよ」
奏英は本当に嬉しそうに笑うと、携帯を持って外へ出て行った。
しばらく開け放たれたリビングのドアを眺めて、それから、薬指に付けられたリングに目を落とす。それは母親が離婚した後も身につけていた幸せの証。
まさか、奏英にここまで想われてるとはな……。
適当に選ばれただけの被害者だったはずなのに、俺なんかのどこがいいんだか……。
「……はぁぁ……奏英……」
がつん、とテーブルに頭を打ち付ける。
好きとか、何回も言わされてるけど、正直のところまだわからない。奏英の過去に同情したり、甘えてくると可愛いとかは思うようになったけど……。
やっぱり、セックスとかは……ちょっと、まだキツイ。結婚したらそれもなんか変わんのかな……。っていうか、日本を出ちまったら、本当に奏英とずっと生きてくのかよ……。
本当に、頼れる人が奏英しかいなくなる。
「あー……落ち着け、落ち着け……」
がつん、がつん。何度もテーブルに頭を打ち、不安を打ち消す。奏英はもう怖いだけじゃない。俺のことを気遣ってくれるようになったし、こっちが本来の奏英なのかもしれない。だからちゃんと、俺も応えてやらないと……。
それに、マレーシアなんてリゾート地に暮らせるんだ。最高だろ?もしかしたら外にも出られるかもしれない。そしたら、美人の姉ちゃんだっているし、旨い食いもんも食えるかも。そしたら、今よりずっといい生活になる。
テーブルに置かれたマレーシアの物件写真を眺める。近くに海もあって、中々にいい家だ。
新しい家、新しい場所。そう考えると、少しだけ楽しみになってきたかもしれない……。
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