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『16日深夜一時頃、三丁目のコンビニ〇〇店で誘拐事件が発生しました』
……なんだ? ニュースか?
『コンビニを訪れた男性の通報で警察が監視カメラを調べたところ、黒いフードをかぶった人物がスタンガンで店員を気絶させて担いで出る様子が映っており、現在犯人の特定を急いで……』
「これっ……」
思わず、その場から立ち上がり、テレビを凝視する。
この映像。何か見覚えがあると思ったら、俺のニュースだ。それも、俺が誘拐されたばっかりの頃に見せられたやつ……。
『高月侑太郎さんが誘拐されて、二週間が経ちました。現在、犯人からの要求などは無く、警察も手がかりを全く掴めていない状況で……』
心臓が、ばくばくと音を立てる。なんで? なんのためにこんなニュース録画してんだよ?
つーか、『見せるやつ』って、どういう意味……?
『続いては、全国のニュースです』
動物園でライオンの赤ちゃんが誕生、北海道で桜が開花……。
これも、見た。俺のニュースが短くて、なんでこんなに短いんだって怒ったやつ……。
そしてCMに入ると、映像はいきなりブツ切れた。ここで録画をやめたのだろう。
そして、1秒も経たずに次の映像が流れる。そのどれもが、俺のニュースをやっていた。すべて見覚えがある。
次第に秒数は短くなり、やがてプツンと映像は消えた。
DVDが、勝手にデッキから出てくる。
「……なんだよこれ」
じゃあ、俺はもしかして、今まで録画したニュースを見せられてたってのか?
でも一体、なんのために……?
意味がわからなくて、とりあえずもう一枚の『捨て』と書かれたDVDを入れる。
すると、突然始まった映像は、またニュースのようだった。しかし、不自然に途中から始まっていた。
『……たもようです。高月侑太郎さんのご家族がインタビューを受けてくださいました』
「……え?」
『高月さん。息子さんは、いつ頃ーー』
「待て、待て、えっ?」
唐突に、画面に映った見覚えのある顔。
目を見開き、思わず映像を止めていた。
頭が、うまく働かない。
一年ぶりに見るその顔は、随分やつれて見えた。
こんなに、老けていただろうか。
いや、そうじゃなくて、なんで……。
「母さん……?」
母さんが、インタビューを受けている。
なんで? こんな映像、見てないぞ。
「母さん……嘘だろ……なんで泣いてんだよ……」
再生ボタンを押すと、母さんは泣き出した。その静かな嗚咽に、一瞬で記憶の底に追いやった高校時代に戻される。
記者の声も、何も聞こえない。
母さんがいる。俺のことを探してる。ずっとニュースに出てこなくて、俺のことなんてどうでもいいんだと思ってた母さんが……。
『どうか……』
しわがれた声だった。
母さんと俺、たった二人で生きていかなければならなくなった時のような、振り絞るような声。
『どうか……侑太郎を、返してください……!』
心臓を揺さぶられるような叫びだった。
さっき回した洗濯機も、掃除も、すべてがどうでもよくなっていく。
『お願いです! どうか、お金でもなんでもあげますから! お願いします……私には、息子しか、侑太郎しかいないんです……!』
唇が震えて、気づけば勝手に涙が頬を伝っていた。
まるで長年かけて固まった氷が溶けていくようだった。
奏英から指輪を受け取って、俺は幸せになったんだと思っていた。奏英のために生きて、生きて、そして死んでいく。それしか道はないんだと。
……でも違った。
あの時に、俺が、俺を見放していた。
母さんは、俺を見放していなかったのに……。
「母さん……っ!」
映像を止め、テレビ画面に映る母に触れた。
父と離婚した日、静かに泣いている母を慰めた。母は、俺を抱きしめてくれた。泣かないでと言っていたけど、泣いているのは母だけで、俺はその背中に手を回すのがやっとだった。
奏英がこれを見せなかったのは、多分、わかってたんだ。
俺がこれを見たら、もうここに居てくれなくなるって。
……お前は本当に頭の切れる誘拐犯だよ。上手くニュースを切り取って、俺が逃げる事を諦めるように仕向けたんだろ?
本当、ムカつくぐらい俺のことをわかってる。
「はっ……俺、まじでバカだな……」
どうして、奏英と二人で生きていこうなんて、"ありえない"ことを思ったんだろう。
目が醒めた瞬間、早かった。
立ち上がり、走って玄関へ向かう。迷うことはもうない。俺を閉じ込める枷も鍵も、もうついていない。
奏英、ごめん。
お前と一緒に生きてくって約束したばっかりなのに。
本当にお前のこと好きだったんだよ。……いや、本当は可哀想だっただけかもしれねぇ。
けど、お前のことを受け入れようって、ちゃんと向き合おうって思ってたのは本当なんだ。
でも、ごめん。
やっぱり俺は、本当の家族が一番大事だ。
……じゃあな、奏英。
「っ…………え……?」
扉を思い切り開けた瞬間、目の前に人が立っていた。
それが一瞬、奏英に見えて、俺の体に植え付けられた恐怖が地面へと体を引き倒す。
しかし、それは奏英ではなかった。
「……君が、高月侑太郎くん?」
「………………ぁ……」
奏英に、とてもよく似ている。
長いすらっとした脚、柔らかそうな唇。切れ長の瞳は、笑うと少し目尻が下がって、
「君に話があるんだ」
すぐに、この男が誰かわかった。
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