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『弟の田渕竜也さんを殺害し、去年の四月に起きた高月侑太郎さんを誘拐したーー田渕奏英容疑者は、現在も逃亡を続けており、警察が防犯カメラの映像を公開するなどして行方を追っています。田渕容疑者は、不動産業などを営む田渕グループ会長ーー田渕幸一郎氏の息子で、今朝、幸一郎氏が会見を開きーー……』
どこか、人事のようにテレビを見つめていた。
一度も会ったことの無い奏英の父親が、神妙な面持ちで登場する。カメラのフラッシュに目を瞬かせながら、かっちりとスーツを着込み、頭を下げていた。
彼は今、何を思っているんだろう。
自分の息子たちが殺し合い、一人は死に、一人は逃亡犯。過去の誘拐殺人が表に出るのも時間の問題だ。
奏英を恨んでいるだろうか。
……それとも、俺を恨んでいるだろうか。
「起きてたんだね」
テレビから視線を移すと、いつのまにか香織が病室に入って来ていた。
香織はテレビの内容に眉を潜めて画面を消すと、そばの椅子に腰掛けた。
「リンゴ食べる?」
「……いや」
「そう。じゃあ……寝る?」
「…………いや」
俺は、三階から飛び降りて、頭部の打撲と右脚の骨を折っただけだった。体力はないが、筋肉もなかったおかげか体重が軽く、脚だけがクッションになったらしい。
死ぬ覚悟で飛び降りたのに、起きたら香織がいて、母が泣いていて、テレビには、奏英の学生時代の写真が写っていて。
「……夢みてぇ」
「え?」
夢みたいだ。その言葉は、嬉しいときに使うのかもしれない。実際、俺は嬉しいと感じないといけないんだと思う。
なのに、俺はきっと、嬉しいと感じていない。
頭の中では、なんでだろう。なんで死ねなかったんだろう。そればっかり思い浮かぶ。
目を瞑ると、俺の目の前で奏英に殺された竜也さんがいて、その瞳から光が消えるその瞬間まで思い出せる。
夢みたいだ。奏英に誘拐されるまで生きて来た21年が。そして、今の平和な時間も。
「ゆ、侑太郎、今ね、お母さんが退院手続きしてくれてるから、明日家に帰れるって。良かったね」
「……ああ」
「…………侑太郎、大丈夫、もう大丈夫だから……」
香織は、何を勘違いしたのか、俺を優しく抱きしめ、泣いていた。
細くて華奢な体、柔らかい肌が密着する。
誘拐された当初、夢にまで見た香織。
何が大丈夫なんだ?
何も知らないくせに。
俺に何があったのか。俺が何をされて来たのか。
「香織、苦しいから……」
「っ……うん、ごめん。でも、もう少し」
「…………」
香織に抱きしめられていると、じんわりと体が暖かくなっていく。首筋で香織が鼻をすするのがこそばゆい。長い髪が揺れて、香織の顔が目の前にあって。
「やめろ」
「っ…………ぁ……ごめん……」
「…………」
キスしようとした。
あの香織が、あんなに俺を嫌って別れたくせに。
別にいいんだ。俺だって、まだ香織のことが好きなんだ。
でも、もう少し触れないでくれてもいいだろ。放っといて欲しい。俺に何も考えさせないで欲しい。
……何も考えたくない。
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