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そこは、やっぱり病室で、目の前には呆然とした様子の香織がいた。
「え……香織……?」
「…………」
全身びしょ濡れの奏英も、雨の音の聞こえる病室もない。
俺は、いつの間にか眠っていたらしい。病室の時計を見ると、時刻は午前8時を指していた。
全部、ただの、俺の夢……?
ハッとして香織を見ると、まるで可哀想なものでも見るような目で、俺を見つめていた。
あなたは、病気で、仕方ないんだよ。
そう言いたげな目に、俺はまた目を逸らして俯く。知ってる。誘拐犯に同情しちまう厄介な病気だろ。
この感情も全部病気。苦しくて、あいつが無性に心配で、夢にまで出てくるのも病気……。
「侑太郎……奏英さんのこと、好きだったの?」
「っ……」
そう俺に聞く香織の声は、震えていた。
奏英のことが、好きだった……?
その言葉に、抑え込んだ胃のものが吐き出されるような感覚に襲われ、思わず両手で顔面を覆った。
俺の服をハサミで切った奏英。俺をクローゼットに押し込んで、謝って抱きしめてくれた奏英。お仕置きだと言って俺を抱いた奏英。殴って謝った奏英、愛してると言った奏英、「行ってきます」と言った奏英……。
全部吐いてしまいたい。全部忘れて、無かったことにしてしまいたい。でもそうしたら、奏英はきっと悲しむだろう。あいつには俺しかいなかった。俺にも、あいつしかいなかった。
「やだやだやだやだ……」
「ゆ、侑太郎! ごめん、変なこと聞いて、ごめん……!」
あいつは犯罪者だ。あいつと過ごした一年は、クソみたいな、反吐がでるような地獄だった。
「ごめん、侑太郎……!」
「う、っ……、っ」
香織が俺を抱きしめる。その小さな体のどこにそんな力があるのか、強くて振りほどくこともできない。
……ああ、俺が弱くなっちまったのか。
あんな殺人鬼、嫌いだ。どうでもいい。
あいつから逃げたくて、あの牢獄を出た。もういいんだ。怖がらなくていいんだ。悲しむ必要はないんだ。
「侑太郎が、奏英さんのことを好きでもいいよ。でも、これからは……私たちと一緒に、また、思い出を作っていこう、ね?」
ぎゅう、と香織が俺の服を握りしめる。肩を濡らす涙が、逆に俺を冷静にしてくれた。
「……ありがとう、香織…」
「……うん」
そうだ。俺には、香織がいる。母さんがいる。
もう、あいつはいない。
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