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夜中、ふと目が覚める。
アロマキャンドルの光はとうに消えていて、二人上半身裸のまま眠っていた。
窓の外からは雨の音がして、この音で起きてしまったのかとさえ思うほどひどい雨だった。そういえば、天気予報でもうすぐ台風が来るとか言ってた気がする。
ふと隣の香織の様子を伺うが、全く起きる気配はなかった。気持ちよさそうに静かな寝息を立てている。
途端に、ぶるりと体が震え、尿意を催す。酒を飲み過ぎたせいか、いつのまにか膀胱が限界だ。
香織を起こさないようにベッドから抜け出ると、寝室の扉を閉めてそっとトイレへと向かおうとした。
しかし、真っ暗な空間に異様な気配がして、ふと足を止める。
いや、止めざるおえなかった。
「…っ………」
ぽたり、ぽたり。
いつかの夢で見たような、黒いフードを目深にかぶった、全身びしょ濡れの男が玄関に立っていた。
その瞬間、頭の奥に封じた記憶が出番とばかりに蘇る。それはこの長い六年の思い出すべてを塗りつぶしていくかのように広がって、全身を覆い尽くし、俺の呼吸、感情、すべてを奪っていく。
「……だれ……」
声が、うまくでない。
かすれて、情けない子供みたいな声。
男は、俺の声を聞いて、ゆっくりと顔を上げた。
フードから覗く前髪が顔面を覆い、よくわからない。しかし、ちらりと隙間から見える鋭い瞳と目がかち合った瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
「侑太郎……待たせてごめんね」
全身の毛が逆立つような寒気と、鳥肌。
そいつは間違いなく、奏英だった。田渕奏英。俺を一年間誘拐し、六年間逃亡し続けている男。
声を出すこともできず、逃げることもできなかった。考えられなかった。なにを考えていいのかわからない。
奏英は靴のままゆっくりと家に上がってきた。ぽた、ぽた。水滴が廊下を濡らして、ついには俺の肌に落ちては床へと伝い落ちる。
ひどい冷気が俺を包み込み、完全に俺は動けなくなった。
「結婚、したんだね、おめでとう」
「っ…………」
「元カノ、だっけ? 優しくしてくれて、また好きになっちゃった?」
これは……夢か?
こんなに、涙が出るほど奏英を感じるのに?
「ごめんね侑太郎、寂しかったよね。なかなか新しい家が見つからなくて……でも、もう大丈夫。やっと見つけたよ、僕たちの新しい居場所」
「か、かなえ……なに言ってんだよ……」
「一緒に帰ろう? ほら、僕まだ、侑太郎のご飯食べてないんだ。侑太郎のご飯が食べたい」
この六年が、一瞬にして無に帰したような心地だった。
あの瞬間に取り残された奏英と、また再会する。今まで俺がどうしていたのか。今までの奏英がどうしていたのか。すべてがどうでもいいような空気に飲まれかける。
少しやつれたような奏英を見上げる。
俺の体に跨り、今にもお姫様抱っこで連れ去ってしまいそうな奏英を拒否して見せた。
すると、奏英はやっぱり、驚いたような顔で俺の腕を取り上げる。
「なんで……」
「俺は行けない」
「…………」
「香織が、いるから……」
ああ、どうにかして、香織だけでも守らないと。
俺は死んでもいい。もううんざりだ。奏英は俺がいる限り、どこまででも逃げ続ける。追い続ける。
香織とは、離婚しよう。このままじゃ、香織に迷惑かけちまう。どっか海外に、こいつの行けないところに……。
「"香織"がいなくなったらいいの?」
「……は……」
そう、冷たい声で呟きスッと立ち上がった奏英は、すぐ隣の寝室の扉に手をかける。
その瞬間、反射的に奏英の足にしがみついて、それを止めていた。
「やめてくれ、違う、そうじゃない……!」
「…………」
「香織は、関係ない……」
どうしたら、帰ってくれるんだ。
俺は、昔どうやって、こいつを飼い慣らしていたんだっけ……?
ぐるぐると頭を巡らせていると、頭上で奏英が「ふうん」と妙な相槌をした。それから、スッと俺の目線へとしゃがみこむ。
「そっか。侑太郎は、女の子の方が好きになっちゃったんだね。ってことは、しばらく僕以外の男の人としてないの?」
「は……? す、するわけ……ない……」
「本当に? 侑太郎、下脱いでよ。確かめるから」
「え……」
確かめるって……は?何が?
意味がわからなくて固まっていると、奏英が苛ついたように俺に迫る。
その迫力に押されて床に寝転んだ瞬間、奏英が何をしたいのか理解して、急に身体が強張った。
前髪で隠れていた瞳が、俺だけを見下ろす。
前より少し大人びた奏英は、俺の存在を確かめるように、頬を、首を撫でていった。
「わからないの、侑太郎……? 僕、しばらく誰ともしてないんだ。侑太郎としか、したくなくて……」
「…………」
「ねぇ、わかるよ。僕を帰らせたいんでしょ? "香織"にバレずに、何事もなく終わらせたいんでしょ? なら、それに付き合ってあげるから……」
ひどく悲しくて、辛そうな顔をした奏英は、そう言って笑った。
「ここで、僕とセックスしてよ、侑太郎」
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