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遠い桜の木
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「そう、それで大学の子達とお花見してたんだ」
アパートの前にある公園ではたくさんの桜が月明かりに照らさらて、白い花を咲かせていた。
その中でブランコに座りながら俺は好きな人に電話をかける。
俺が大学に入って、二度目の春を迎えていた。
『いいな、こっちは新入社員の歓迎会がこの前あったぞ』
「あ〜、俺はもこの前やってるの見たよ。なんか、懐かしくて…もう5年も前なんだね…」
『…そうだな』
この一年でまた色々なことが起きた。
嬉しいニュースは雄高が出世したこと。
去年はそれで結構忙しくしてた。
俺の方は毎日が新しい事の繰り返しで、この歳になっても驚くことばかりだ。
悪いことは…まぁ美大だからやっぱり絵の上手い奴なんてほとんどて、自分の発想の浅さとか、技術面では足りないことも多くて…それなりに落ち込むの繰り返しで。
でも、それなりに楽しく二度目の学生生活は送っているかな。
「ママー、見てみて。雪みたい!」
その声は急に耳に入って来た。
幼い声が聞こえた方を見るとまだ幼稚園生ぐらいの女の子を連れた親子がいた。
「雪なの?」
「そうだよ。この前の雪の日みたい」
その会話にある記憶が思い浮かんだ。
『慎?もしもし』
「あ、ごめん」
『どうした?眠い?』
「ううん。雄高と同じ事言ってるなって思って。
憶えてる?前に満開の桜の木を雪が積もってるみたいだって言ったの」
『………言ったかも』
「今ね、幼稚園生ぐらいの女の子が同じ事を言ってて、ビックリしたよ」
『そいつは才能があるな』
電話の向こうで雄高が笑う音がした。
「でも俺も今ならなんとなくそう思うよ。確かに…雪みたいだ」
枝からは零れ落ちそうなぐらいの花が咲いている。
時には細い幹さえも覆い隠してしまえる程だ。
美しい…。
夜の闇と白い花と自然のまま伸びた幹が。
『………見てみたいな』
「写真送ろっか?」
『いや…………慎と一緒に花見したくなってさ』
「………明日仕事でしょ」
『まぁーな。会議があるから、また胃が荒れそうだ』
次に会う約束はGWだ。
その頃には桜はもう散ってしまっている。
俺達は違う景色の中で後もう少し生きていかなければならない。
でも
「お大事にね」
電話で、誓い合った指輪で、貴方を想う気持ちで、俺達は繋がっている。
いつか雄高と、この満開の彼からは遠い桜の木を二人で見たい。
彼はここにいないけれど、そう思うと明日も頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
京都は今、美しい花々に彩られている。
終
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