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小鳥が弟になるまで2
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小鳥の第一印象は、はっきり言って最悪だった。
*****
「はい、オッケイです!お疲れさまー!」
カメラマンから、撮影終了の声がかかり、こちらも、お疲れ様でしたと返して、衣装を着替えに控え室へと向かう。
尊の父親は、芸能プロダクションを経営している。
自分で言うのもなんだが、尊は幼い頃から容姿に恵まれていたので、父の事務所にモデルとして所属している。
といっても、モデルを職業にしたいわけではないので、19歳になった今では、徐々に仕事を減らしてきているのだが。
今日はもう何も予定がないので、帰宅しようとした時、携帯に着信が入った。
ディスプレイに表示されている名前は、“唯原 姫子”。
唯原 姫子(ゆいはら ひめこ)は、父の事務所に所属する、グラビアアイドルだ。
可憐な容姿と抜群のスタイルを持ち合わせた彼女は、今、事務所内でナンバーワンの人気を誇る。
25歳の若さで、シングルマザーにして、売れっ子グラビアアイドルという、何とも濃い経歴の持ち主だ。
父は、姫子にとても目をかけていて、尊も何かと彼女と関わる機会が多かった。
苦労も多いだろうに、愚痴ひとつ溢さず、常に明るい姫子に、尊もとても好感を抱いていた。
尊はかなり女にだらしないが、姫子に対しては、人としての尊敬の念が強いからか、不思議と異性として意識することがない。
姫子の方も、尊に対して恋愛感情は全くないようで、本当に良い友人関係が成立している。
「もしもーし?姫ちゃんどうし…「みことぉぉぉー!!お願い、助けてっ!!!」」
こちらの言葉を最後まで聞かず、姫子の叫ぶ声がスピーカーから鳴り響く。
「おゎっ!?どーしたんだよ??とりあえず落ち着けって。」
完全にパニック状態の姫子をなだめ、何とか事情を聞きだした。
姫子によると、今日は撮影で遠方に出掛けていたそうだ。
遠方といっても、予定では20時にはこちらに戻って来られるはずだったのだか、帰りの高速で事故渋滞に巻き込まれ、何時に帰れるか分からない状態らしい。
現在、時刻はすでに22時を回っている。
一人で留守番させている息子が心配で仕方ないので、様子を見てきて欲しいと頼まれた。
「一生のお願いっ!私が帰るまで、一緒に居てくれるだけで良いから!ほんっと、他には何にもしなくて良いから!」
こうも必死に頼み込まれては、とてもではないが断れない。
それに姫子は、子供がいることを隠して仕事をしてしている。
その為、仕事関係者はもちろん、プライベートでも、彼女がシングルマザーであることを知る人間はとても少ない。
きっと今、尊以外に頼める人間がいないのだろう。
「いいよ、分かった。家の住所メールで送って。今から向かう。」
「ありがとうぅぅ~っ!!息子には、私から連絡しとくから!」
ほどなくして、姫子から送られてきたメールには、住所の他に、彼女の息子について、簡単な説明が書かれていた。
唯原 小鳥。
9歳、小学4年生。(不登校中)
基本無口、加えて無表情で、初対面で意思の疎通をはかることはほぼ不可能。
世話をやこうと気を遣ったりはせず、本当に何もせず、ただ見ていてくれれば良い。
姫子のメールに書かれていた、小鳥という、変わった名前の息子の情報を思い出し、大きなため息が溢れた。
姫子とは、親しくなってから1年程経つが、彼女が息子について話すことはほとんどなかった。
子供がいることを隠しているわけなのだから、当然と言えば当然だ。
以前1度だけ、どんな子なのかと聞いた時には、だだひたすらに可愛くて、何でもしてあげたくなると言っていたのだが…
姫子のメールを読む限りでは、何とも難しそうなお子様だ。
途中で買った、二人分のコンビニ弁当が入った袋をぶらさげて、しばし姫子のマンション前で、どうしたものかと考えた。
見ているだけで良いとは言われているが、そもそも尊は子供が苦手だ。
果たして、姫子が帰ってくるまで無事に過ごせるかどうか…
しかし、考えた所でどうしようもない。
まあ、今日限りの付き合いだと割りきり、エントランスに備え付けの電話で、姫子の部屋を呼び出す。
『…はい。』
「あー、えっと、小鳥君?俺、清峰尊。お母さんから、君の様子を見てくるように頼まれたんだけど…」
『さっき電話があった。今、鍵を開ける。』
簡潔にそれだけ言って通話が切られ、オートロックが解除された。
部屋までたどり着き、インターフォンを押すと、すぐにドアが開いて、中から小鳥が姿を現した。
一番最初に目にはいったのは、ふわふわの茶色い猫っ毛。
“小鳥”という名前のイメージのせいか、色素の薄いその髪は、何だか雀の羽の色みたいだと思った。
不登校で家に籠っているからか、ちっとも日焼けしていない真っ白な肌。
こちらを見上げる、くっきりとした二重の瞳は、髪と同じ雀色。
愛らしくはあるが、どちらかと言えば地味な印象だ。
姫子のように、思わず振り返って見てしまうような、華やかな容姿ではない。
でも、一つ一つのパーツは整っているし、思わずじっと見つめたくなるような、見れば見るほど惹き付けられるような…
そんな不思議な魅力のある少年だと思った。
「どうした尊?中に入らないのか??」
しばし黙って観察にふけっていたのだが、小鳥の呼び掛けに、少しカチンときて言葉を返す。
「待て待て、いくらなんでも歳上に向かって、いきなり呼び捨てはどうかと思うぞ。」
「…?だって、姫ちゃんはそう呼んでる。」
「いや、姫ちゃんは俺より歳上だし…ていうかお前、母親の事、姫ちゃんって呼んでるのか?」
小鳥に尋ねれば、誰かに二人でいる所を見られても、親子だとバレないように、そう呼んでるらしい。
確かに、どこから情報が漏れるか分からないので、呼び方一つでも、用心するにこしたことはないだろう。
「それで、尊がダメなら俺は尊を何て呼べば良い?」
うっかり逸れた話を、小鳥が軌道修正する。
「あーそうだなぁ…尊さんとか、尊君とか?何なら尊様でも良いぞー?」
少し意地悪く笑って言えば、小鳥が小さくコクンと頷いた。
「じゃあ尊様。早く中に入れ。」
「………。」
「??どうした、尊様?」
相変わらず玄関の前で固まったままの尊を見上げ、小鳥が首をかしげる。
「尊様??」
ぼんやりとした独特の口調で、自分を“尊様”と呼ぶ小鳥。
嫌味でそう呼ばれているなら、こちらも反撃すれば良い。
だが、小鳥からは、全く悪意は感じられない。
素直な小学生に、様付けで呼ばせる大学生…
何やら、自分がものすごく悪いことをしているような気になる。
「……いや、悪い。やっぱもう、呼び方、尊で良いゎ。」
いたたまれなくなってそう告げれば、不思議そうにしながら、また小鳥がコクンと小さく頷いた。
出会ってわずか、2、3分にして、何とも言えない疲労感がどっとのしかかる。
早くも、この先二人で過ごす時間に、大きな不安を抱きつつ、唯原家に足を踏み入れた。
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