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小鳥が弟になるまで7
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小鳥と話した事で、ここ最近の苛々した気持ちが、少し軽くなった。
そのおかげか、今日の撮影はいつもよりリラックスして挑むことが出来た。
撮影は順調に進み、予定よりもずいぶん早く終った。
スタジオを後にして、タクシーで事務所へと向かう。
今日は珍しく、父親から呼び出しがあったのだ。何の用かは聞かされていないが、あまり良い予感はしない。
15分程で到着し、まっすぐに社長室へと向かうと、部屋が近づくにつれ、争うような声が聞こえてくる。
「そんなの困りますっ!」
この声は姫子だ。
声は、社長室の中から聞こえる。不穏な空気を感じつつ、ノックをして部屋に入った。
「失礼しまーす。おい親父、何姫ちゃんいじめてんだよ。声、外まで筒抜けだったぞ。」
「おっ!尊、ちょうど良いところに来たな。」
社長室には、必死な顔をした姫子と、姫子とは対照的に余裕の笑みを浮かべた、父、清峰 八仁(きよみね やひと)が居た。
座れ座れと手招きされ、二人がけのソファーに座る父の隣に腰を下ろした。
正面のソファーに座っている姫子は、何やらせっぱ詰まった顔をしている。
「私が、姫子をいじめるわけないだろう?姫子とは、彼女の新しい仕事について話してたんだよ。」
「そのお仕事は、お断りしますっ!」
そう話す八仁に、すかさず姫子が言葉をはさむ。仕事熱心な姫子が、こんなにあからさまに仕事を嫌がるなんて初めてだ。
きっと、その新しい仕事とやらは、何かワケアリなのだろう。
そして、多分それは今日自分がここに呼ばれた事と関係している。
「まあまあ、姫子の言い分も分かってるから。とりあえず、チョット落ち着こうか。」
宥めるように八仁が言うと、姫子は渋々といった感じで黙った。
八仁は、尊に視線を移すと、姫子の新しい仕事について話を始めた。
「何と、姫子にドラマのオファーが来ました~!しかも、深夜枠とはいえ主役!大抜擢だろ?」
パチパチと拍手しながら、大袈裟に発表する八仁。態度はふざけていて冗談みたいだが、内容は事実なのだろう。
「えっ!?姫ちゃん凄いじゃん!何で姫ちゃんこの仕事やりたくないんだ?ドラマの内容が嫌とか?」
「いやいや。内容は申し分ないよ。純愛もので、万人受けしそうなハッピーエンドだし。」
浮かんだ疑問を口にするも、あっさりと八仁に否定された。
ますます、なぜ姫子がこんな良い話を断りたいのか分からなくなる。
「さっきも言いましたけどっ、どんなに良いお話でも、ドラマのお仕事は受けられません!撮影が始まると、夜も家に帰れないですよね?それは絶対困るんですっ!」
…成る程。姫子の今の言葉で、彼女がこの仕事を受けたくない理由が分かった気がする。
「あー……小鳥か。」
尊の言葉に、姫子が必死に頷く。
「夜、小鳥を一人にするなんて絶対無理!心配で、撮影どころじゃなくなるもんっ!!尊も八仁さんに何とか言ってーっ!」
姫子が尊に泣きつく。
いっぱいいっぱいの姫子と、そんな姫子に泣きつかれ、どうしたものかと悩む尊を、父は飄々と笑って眺めている。
「小鳥君、まだ9才だっけ?そりゃあ心配だよね。でも大丈夫!」
そう言った八仁は、いきなりポンっと尊の肩を叩いて、高らかに宣言した。
「姫子が夜に仕事の日は、尊が責任持って小鳥君の面倒みるから!」
「…はぁ!?あんたいきなり何言ってんだ!!」
八仁は、さも尊がすでに了承済みのような口ぶりだが、そんな話、尊は今初めて聞いた。
いきなりの提案に、呆気にとられる姫子と尊を置き去りにしたまま、八仁はさっさと話をまとめていった。
*********
「いらっしゃい。」
玄関で出迎えてくれたのは、約1週間ぶりの再会となる小鳥。
「おぅ。今日からしばらくよろしくな。」
そう言って、柔らかく、手触りの良い雀色の髪を撫でた。
あの後結局、父親の思うように話がまとまり、尊はしばらく姫子が仕事の日は小鳥の面倒を見る事になったのだ。
姫子は、最後まで断る姿勢を崩さなかったのだが、八仁の、“この仕事を引き受ける事は小鳥の為にもなる”と言う一言で、渋々折れた。
今はグラビアアイドルとして、絶大な人気を誇る姫子だが、グラビアアイドルは一生続けられるものではない。
姫子が、この先も芸能界で生計を立てて小鳥を育てていくならば、今のうちから仕事の幅を増やしておくことは必須だ。
八仁にそう説かれ、姫子が折れてからはいっきに話がまとまった。
尊の意思は聞かれることもなく、小鳥の世話係りとなることが決定され、今日に至る。
言い出したら聞かない父の性格は過去の経験から嫌という程理解しているが、毎回あの人はどうしてこう強引なのか。
とは言え、前回会って以来、小鳥に対する苦手意識はずいぶん薄れていたし、この、いつもぼんやりとして何を考えているのか分からない少年に少し興味を持っていた為、世話係りを引き受ける事に抵抗はなかった。
世話係りと言っても、基本的に、やることはほとんど何もない。
小鳥は学校に行っていない為、毎日決められた時間ネット学習をしているらしい。
そして、それ以外の時間はほとんど絵を描いて過ごす。
食事は姫子が作って冷凍しておくと言っていたので、尊はそれを温めて小鳥に出すだけだ。
尊は料理が得意な方なので、食事の用意くらいは引き受けようとも思ったが、以前小鳥が姫子の作ったものしか食べないと言っていたのを思い出し、やめておいた。
唯原家に来て、はや三時間。
小鳥は、テーブルに向かって、もくもくと絵を描いている。
そんな小鳥の後ろ姿を眺めながら、尊はソファーに座りパソコンを開けて、ゼミのレポートを片付けていた。
ひと段落ついた所で時計を見ると、そろそろ夕食の時間だ。
「おーい、小鳥。そろそろ晩飯にするぞ。」
尊の呼び掛けに、ゆっくりと振り返った小鳥が、コクンと頷く。
振り返った顔は、いつも通りの無表情。でも、心なしか顔が赤い気がする。
「…?」
違和感を感じて、小鳥の隣に移動して、額に手を伸ばす。
触れた小鳥の肌は、やはり熱い。
「おい小鳥、お前熱あるんじゃないか?」
顔を覗きこんで尋ねると、ピクリと反応して目を反らす。
「…何ともない。気のせいだ。」
そんな事を言ってはいるが、やっぱり顔は赤いし、熱のせいか、瞳も潤んでいる。
尊は盛大にため息をつくと、小鳥を持ち上げて自分の膝の上に乗せ、向かい合うように座らせる。
額同士をくっつけ、至近距離でじっと見つめると、小鳥は眉を寄せ、困ったような顔になる。
「こんだけ熱があって、何ともない訳ないだろ?…で、いつから調子悪かったんだ?」
尊がここへ来た時には、こんなに赤い顔はしていなかった。
でも、恐らくずいぶん前から体調は悪かったのだろう。 そして、理由は分からないが、小鳥はそれを知られないよう隠していたようだ。
「こら小鳥、ちゃんと答えろ。いつから我慢してた?」
「……朝、起きてから。」
黙ったままの小鳥に再度問いかけ、ようやく返ってきた答えに尊はもう一度ため息をつく。
今はもう19時をまわっている。いったい、何をそんなにも我慢していたんだか。
言いたいことは色々あるが、今はまず病院だ。
「すぐ病院行くぞ。あ、でも保険証どこだ?姫ちゃんに連絡してみるか…」
そう言って小鳥を抱えたまま立ち上がると、小鳥は、尊の胸に埋めていた顔を勢いよく上げた。
「姫ちゃんには…っ言わないで欲しいっ…!」
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