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小鳥が弟になるまで14
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「小鳥!姫ちゃんの為に、一緒に晩飯作るぞー。」
姫子のドラマ撮影の最終日、声高々にそう提案した。
ここしばらく尊は、独占欲について、分からないなりに考えてみた。
誰かを独占したいという気持ちは、多分、相手に自分だけを特別に思って欲しいという気持ちなのだろう。
独占欲は、独占できていない現状があるからこそ生まれる気持ちだと思う。
裏を返せば、相手を独占していると実感できれば、独占欲は治まるのではないだろうか?
相手に、特別に思われているという自信を持つことができれば、気持ちに余裕ができるのではないだろうか?
そう結論付けた尊は、さっそく行動に移すことにした。
尊からすれば、今のままで十分、小鳥にとって姫子は特別で、姫子の事しか見ていないと思う。
姫子は、十分過ぎるほど小鳥を独占している。でも、姫子自身はそう感じてはいないわけで。
それならば、小鳥がいかに姫子を思っているか、分かりやすく行動で示してやれば良いと考えたのだ。
小鳥は相変わらず家事センス0で、まだまだ人と比べて出来ないことは多いが、尊の特訓の成果か、少しずつは成長している。
姫子には、小鳥に家事を教えていることは秘密にしているので、彼女は小鳥は何も出来ないと思っているままだ。
密かに成長した小鳥が、自分のために料理を作ったとなれば、彼女は驚き、喜んでくれるだろう。
姫子の為に何かしたいという小鳥の気持ち、小鳥にとって、どれほど姫子が特別といいことが、きっと彼女に伝わる。
伝わればいいと、願っている。
夕飯のメニューはすでに考えてあるし、材料も調達済みだ。
早速、腕捲りをしてキッチンへ行こうとしたところで、小鳥にシャツの裾を引っ張られた。
「ん?どうした?」
見下ろすと、困ったような顔をした小鳥と目が合う。
「…ご飯、尊だけで作るんじゃダメか?」
「……何で?」
予想外の小鳥の言葉。まさか拒否されるとは思っていなかった。
小鳥とは、今まで何度も一緒に台所に立ってきた。
初めて一緒に作ったのはプリン。その後はホットケーキ。
白玉団子に、ババロワ…他にも色々と。
手先は結構器用なのに、家事となるとなぜか壊滅的に不器用になる小鳥は、失敗することも多かったが、尊と料理するのはいつだって楽しそうだった。
料理や、それ以外にも、尊が家事を教える時の小鳥は、いつも通りのぼーっとした表情ながら、生き生きとして見えたのに。
「小鳥、理由は?」
「……作りたくないから。」
小鳥と目線が合うよう、しゃがみこんで再度尋ねれば、小鳥から返ってきたのはそんな言葉で。
「だから、何で作るの嫌なんだよ?いつも一緒に菓子作ってるだろう?」
なぜ、今日に限って嫌がるのか。いつもと違うのは、作るのが菓子類でなく、夕食だという所ぐらいなのに。
以前、食事作りに誘った時は、食事は姫子が作ったものしか食べられないからと言って断られた。
しかし、今日は姫子に食べさせるための食事を作ろうと誘っているのだから、その点も問題はないはずだ。
「俺と料理するの、嫌か?楽しくないか?」
尊の問いかけを、小鳥は首をぶんぶん降って否定する。
「じゃあどうした?俺は、お前と料理するの、毎回結構楽しみにしてたんだけど。」
「…ーーッ!俺もっ、楽しい…っ!毎回、本当にっ…それに、尊が色々と教えてくれるの、すごく嬉しい!」
いつものぼんやりとした話し方ではなく、はっきりと大きな声で、必死になって主張する小鳥。
尊のシャツを握る手にも、ギュッと力が込められる。
こんな風な小鳥ははじめてで、尊は驚きに軽く目を見開いた。
「わかったわかった。小鳥も楽しんでたんなら良かったよ。」
宥めるように、そっと小鳥の雀色の頭を撫でる。
「あ。もしかして、上手く作れなかったらどうしようとか考えてるのか?」
ふと、小鳥が料理を嫌がる理由として、思い当たった事を口にする。
「安心しろ。どんなに見た目が悪かろうが、お前が作ったもんなら姫ちゃんは何でも喜んでくれるって。」
そう言って、小鳥の柔らかな髪をわわしゃわしゃとかき混ぜる。
「それに、失敗することはあるけど、最初に比べれば小鳥はずいぶん成長したぞ?いやー、お前の料理の先生としては、嬉しい限りですよ。」
尊の言葉に、困ったような、不安なような…そんな何とも言えない表情を浮かべ、小鳥がギュッと抱きついてきた。
一体、何をそんなに不安そうにしているのだろうか。もう、不安を通り越して、どこか悲しそうにすら見える。
表情の冴えない小鳥に違和感を抱きつつ、更に言葉を続ける。
「俺と一緒に作るんだから、見た目はともかく、味では絶対失敗しねーし、そんな心配するなって。」
落ち着かせるように、背中をそっと叩きながらそう言うと、小鳥がゆっくりと頷いた。
調理開始からおよそ1時間。
……どうしてこうなった。
床には、いたる所に卵の残骸。テーブルの上には大量にこぼれた牛乳の白い染みが広がり、流しには黒こげのフライパンが浸かっている。
「……ごめん。」
尊の隣で、小鳥が項垂れてポツリと呟いた。
「いや…、まあ…気にするな。」
今日の小鳥の不器用っぷりは、いつも以上にすさまじかった。
やることなすこと失敗の連続で、唯原家のキッチンは台風が通り過ぎたかのような荒れ様だ。これを片付けるのかと思うと、さすがに気が重い。
だが、夕飯はどうにか完成した。夕飯のメニューは、シチューとオムライス。
姫子のオムライスには、ドラマ完成を祝って、“おめでとう”とケチャップで文字を入れた。
「さて!さっさと片付けちまうか~。」
食器洗いを始めた尊を見て、しょんぼりとした表情のまま、小鳥もキッチンの後片付けに取りかかった。
*****
「終わった終わった!案外早く片付いたなー。」
無事に片付けを終え、リビングのソファーにのびのびと寝転がる。
すっきりとした表情の尊とは対照的に、小鳥を包む空気は暗い。
「そんな落ち込むなって。」
ソファーの横に佇む小鳥に、こっちへ来いと手招きすると、とぼとぼと側に寄ってきた。
手の届く距離まで近付いてきた所で、小鳥の腕をひっぱって、すっぽりと腕の中に抱え込む。
寝転がる尊の上に、小鳥が乗っかった今の状態は、まるで小鳥に押し倒されているみたいだ。
やっぱりこいつ軽いなーだとか、何でもないことを考えながら、元気のない小鳥を見上げる。
「まったく、小鳥さんは何をそんなこの世の終わりみたいに落ち込んでるんですかー?」
重たい空気をかきけすように、わざとふざけた口調で問いかける。
「菓子以外を作るの初めてだったし、チョットくらい失敗して普通だろ。また挑戦すりゃいいんだって!」
何も、焦ることはない。姫子のドラマ撮影が終っても、尊は唯原家に遊びに来るつもりでいるし、これからも小鳥と料理をする機会はあるだろう。
小鳥にもそう伝えてあるのだが、まるで小鳥は、もう2度とやり直す機会がないかのような撃沈っぷりだ。
落ち着かせるように、背中をトントンと叩くと、小鳥は眉を八の字に曲げて泣きそうな顔をした。
「…本当にごめん、……ありがとう。」
小鳥の声は震えていて、涙なんて流していないのに泣いているように思えた。
放っておいたら消えてしまいそうな、そんな儚さを感じて、不思議な焦燥感にかられる。
でもそのあと、ほんの少し表情が穏やかになったので、ちょっとは元気出たかなと明るく考えていた。
小鳥の、“ごめん”に込められた、本当の意味には少しも気づけずに。。。。。
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