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小鳥が弟になるまで16
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帰り道、ぼんやりと空を見上げて、唯原家を出る前の光景を思い出す。
姫子はずっと、小鳥にすがって泣いていた。
小鳥はずっと、そんな姫子の頭を撫でていた。姫子を撫でながらも、小鳥の視線は尊へと向けられていて。
尊は、何も言えず、何もできず、ただ小鳥を見つめ返していた。
小鳥が、ゆっくりと口を開く。声は出さず、唇だけを動かして、何かを伝えようとしていた。
小鳥の唇の動きは、ハッキリと、“ごめん”と表していた。
それを見た瞬間、どうしようもない程居たたまれない気持ちになって、尊は逃げるように唯原家を後にした。
小鳥は、引き留めなかった。
小鳥が何に対して謝っているのか、多分尊は正確に理解できて。理解出来てしまったから、あの場を立ち去らずにはいられなかった。
小鳥はきっと、分かっていたのだと思う。
姫子の為に夕飯を作っても、彼女が喜んだりはしないことを。
分かっていたから、今日、一緒に料理する事を拒んだ。
繰り返された謝罪の言葉も、落ち込んだ態度も、料理の失敗に対してではなくて。
姫子がああなる事を分かっていて、それを尊に言わなかった事に対するものだったのだ。
分かっていて、なぜ小鳥が尊に話さなかったのかは分からないが、今となってはどうしようもない事だ。
今日、姫子を追い詰めたのは、確実に尊だった。
だが、恐らく今日だけではなく、知らず知らずのうちに、尊は姫子を追い詰めていたのだと思う。
はじめて会った時、姫子から無条件で愛される小鳥の事を羨ましいと思った。
尊がどんなに頑張っても得られなかった母親からの愛情を、当たり前のように注がれていたからだ。
だが、いつからか気持ちは変わっていて。
ひたむきに、姫子を想う小鳥。姫子の願いに忠実で、世界の中心は常に姫子。自分の全てを差し出して、まるで姫子の為だけに生きているかのようだ。
そんな小鳥を見ているうちに、尊は思った。
“あぁ…こんな風に一心に想われたら、どんな気持ちがするんだろう”
いつからか、尊が羨ましいと思っていたのは、小鳥ではなく姫子の方だった。
小鳥に家事を教えたのだって、小鳥の為、姫子の為と言いつつも、本心では自分の為だったのではないだろうか。
構えば構うほど、小鳥は尊に懐いた。少しずつ小鳥との距離が近付くたび、無意識のうちに、姫子ではなく、もっと自分に気持ちが傾けば良いと思っていた。
そうやって、小鳥の気持ちが尊に向かっていった事に、きっと姫子は気付いていたのだ。
小鳥に異様な執着を抱いている彼女に、そんな状態が見過ごせるはずがない。
真夜中の度重なる電話も、小鳥の気持ちを取り戻そうと必死だった故の行動なのかもしれない。
姫子の独占欲を満たしてやるどころか、尊が、彼女の独占欲をエスカレートさせていた。
今日、小鳥に大好きだと言われた時、思わず溢れそうになった問いかけ。
“姫子よりも?”
尊は、無自覚とはいえ、小鳥が、姫子より尊の事を慕うようになればいいという思いを持って行動していたのだ。
今日、小鳥はどんな気持ちで夕飯を作ったんだろうか。
どんな気持ちで、何度も謝っていたのだろうか。
小鳥の気持ちを少しも分かっていなかった。自分の気持ちすら、こんな事になるまで気付かなかった。気付かないふりをしていた。
自分が情けなくて、もう、どんな風に小鳥に接すればいいか分からない。
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