アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
小鳥が弟になるまで18
-
姫子が泣き止むのを待って、二人でカフェを出た。
小鳥にもう会わないでほしいという姫子の言葉には、返事をする事のないまま。
今日はありがとうと言ってタクシーに乗り込む姫子を見送り、尊は一人、事務所へと戻る。
一人になりたくて、父が出掛けているのを良い事に、社長室を占拠した。
足を投げ出してソファーに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げる。
姫子にとって、今の尊はかなり脅威の対象だろう。
尊は、小鳥に好かれていると思う。そして、その好意を嬉しく思っている。知らず知らずの間に、姫子より、もっと尊を好きになれば良いのになどと思ってしまうほどに。
そして尊は、姫子の知らないところで、姫子の負担を減らせるように、彼女が居なくても身の回りの事が出来るようにと、小鳥に家事を教えた。
姫子が今まで必死に、何も出来ないように育ててきた小鳥に…だ。
小鳥と会わない事を尊が拒否したところで、姫子がそれを許す事はないだろう。
仮に、小鳥ともう会わないと約束しても、隠れて小鳥に会いに行く事は可能だと思う。
だが、小鳥は会ってくれるだろうか?
小鳥に好かれていると断言はできる。きっと小鳥は、尊とこれからも会いたいと思ってくれている。
でも、姫子が望まない以上、隠れて会いに行っても、きっと小鳥は尊を受け入れない。
会ってはくれない気がする。
もし、会いに行って拒否されたらなら、それは、尊よりも姫子を優先すると小鳥に言われているようで…
小鳥にとって大事なのは尊よりも姫子だと、はっきり突き付けられるかもしれない。
それが怖いから、きっと尊はもう小鳥に会いには行けないだろう。
そんな事を、だらだらと考えていると、マナーモードにしていた携帯がポケットの中で震えだした。
しばらくたっても止まない振動からして、どうやら電話のようだが、今は誰とも話す気になれない。
無視を決め込んで放置していたが、いっこうに止まない振動に、仕方なく携帯を取り出した。
ディスプレイに表示されているのは、“唯原家”の文字。
「ーーーッ!」
姫子はまだ家に帰っていないはず。となれば、電話を掛けてきたのは小鳥だ。
尊は、すぐさま通話ボタンを押した。
「…もしもし……小鳥?」
『そうだ。少し、話がしたい。今、話していても平気か?』
「大丈夫だ。どうした?」
スピーカーから聞こえるのは、聞きなれた小鳥の声。
小鳥とは昨日も会ったはずなのに、いろいろありすぎて、何やら、最後に会ったのがもうずいぶんと昔のことのように感じて、小鳥独特のぼんやりとした口調が、ひどく懐かしい。
『昨日は…驚かせて悪かった。』
小鳥が、ポツリ、ポツリと言葉を続ける。
『せっかくご飯一緒に作ってくれたのに、姫ちゃんを喜ばせられなくてごめん。』
小鳥が謝る必要なんてない。
『…喜んでくれないって分かってたのに、それを尊に言わなかったのは、もっとごめん』
さっきから、小鳥は謝ってばかりだ。電話をかけながら、しょんぼりと項垂れる小鳥の姿が目に浮かんで、歯痒くなる。
今、目の前に小鳥が居たなら、いつもみたいに頭を撫でてやれるのに。
「お前が謝ることなんか、何もねーよ。」
だから、責めたいわけではないと何度も言い置いてから、気になっていた事を尋ねる。
「なあ、小鳥。」
『…なんだ?』
「何で、姫ちゃんがああなるって分かってたのに、一緒に夕飯作ろうって言った時、事情話して、俺のこと止めなかったんだ?」
しばらくの沈黙。話すのが苦手な小鳥のことだ。きっと、一生懸命言葉を探しているのだろう。
ゆっくりでいいからと声を掛けると、上手く言えるか分からないけどと言って、小鳥が話し始める。
『…言ったら、尊が料理とか…他にも色々、もう教えてくれないって思ったんだ。』
「そんなこと…」
ねーよ。と、否定しようとした言葉は最後まで言えずに途切れる。
確かに、そうかもしれない。
尊が小鳥に色々教えようと思ったのは、姫子の負担を減らして、尚且つ、姫子の役に立ちたいという小鳥の気持ちを叶えてやれればと思ったからだ。
小鳥が何も出来ないのは、姫子に教える時間がないからだと思っていた。
だが実際は、そんな生易しい理由ではなかった。
彼女は、何でも自分で出来る小鳥なんて望んではいない。彼女が一心に望むのは、自分が居ないと何も出来ない小鳥だ。
だから、意図して何も教えてこなかった。
姫子は、自分に依存しなければ生きていけない小鳥でなければ受け入れられない。
小鳥がいくら姫子の手伝いが出来るようになった所で、彼女は少しも喜ばず、小鳥の想いも報われない。
事情を聞いてそれが分かれば、尊は小鳥に家事を教えるのを止めたかもしれない。
『姫ちゃんが嫌がるのは分かってた。でも俺は、尊が色々教えてくれるのが楽しかったんだ。何か出来るようになるたび褒めてくれるのが、すごく嬉しかった。尊との時間は、特別だったんだ。』
小鳥の言葉に、胸がどんどんいっぱいになっていく。
何も出来ない子供でいる事を望まれていた小鳥にとって、何かを出来るようになって、それを褒められるという事は、きっと尊が思うよりもずっと特別な事だったのだろう。
『だから、ご飯作っても姫ちゃんが喜ばないって、言えなかった。…言わなくても、姫ちゃんが帰って来たら結局バレるのは分かってたけど。』
それでも言いたくなかったのだと、小鳥は言う。
今、小鳥はどんな顔をして話しているのだろう。どんな気持ちで、尊とこんな話をしているのだろう。
無性に、小鳥に会いたくなった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
29 / 233