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小鳥が弟になるまで25
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「尊は俺の事、良い子だって言ってくれた。」
今まで見た中で一番嬉しそうに、ふわりとはにかみながら小鳥が言う。
幸せそうなその笑顔があまりにも可愛くて、愛おしくて。
一瞬状況も忘れ、ただ魅入ってしまった。
「覚えてるか…?俺が熱を出した日、病院から帰って来た後、尊は俺の事、良い子だって言ってくれたんだ。」
何も出来ない子どもで居ると決めてから、そんな自分を良い子だなんて言う人間は居ないと思っていたのだと穏やかに小鳥が語る。
小鳥は姫子の事を一番に考えて、彼女が望むように行動していた。
家に籠り、姫子が用意した食事しかとらず、誰に何を言われても、姫子が望まない限りはそれを変えるつもりはないと頑なに態度で表して。
その結果、周りの人間からは姫子に頼りきりで自分では何も出来ないわがままな子どもだと思われてきた。
これ以上ないくらい姫子の為に一生懸命なのに、 ダメな子どもだと周りから責められる。
小鳥は、それもしょうがないと諦めていた。
いや、諦めるしかなかったのだろう。
なぜ姫子に頼りきりなのかと責められて、そうする事を姫子が望んでいるからだと正直に理由を言った所で、きっと信じて納得する人間はほとんどいない。
もしいたとしても、そんな事を子どもに望む母親はおかしいと、今度は姫子が責められかねない。
だから小鳥は、黙って諦めて、誰にも知られず姫子の事を守ってきたのだろう。
「俺がどんなに頑張ってたって、誰も分かってくれないし、それでも良いって思ってけど…やっぱり、誰かに分かってもらいたかったみたいだ。」
尊が良い子だって褒めてくれた時は、本当に嬉しかった、そう言って微笑む小鳥の目には涙が滲んでいた。
「あの日から、尊は俺にとって特別なんだ。一緒に居られる時間が嬉しくて、いつも、ずっと一緒に居られたらいいのにって思ってた。」
小さな手が、ギュッとフェンスを握りしめる。
「本当は、もっと早くにこうするつもりだったんだ。動けるようになったらすぐにここから飛び降りて、姫ちゃんの所に行こうと思ってた…」
「じゃあ、何で今日なんだ。」
何故、今まで思い止まっていたのに、今日になって行動に移したのか。
尊の問いに、小鳥は困ったような笑顔を浮かべる。
「尊が、毎日会いに来てくれたから。」
早く姫ちゃんの所へ行かくてはと思っていたけれど、尊とも一緒に居たかった。
毎日尊が見舞いに来て、じゃあまた明日なと言って帰って行く。
また明日尊に会えるのだと思うと、明日が来るのが楽しみで、どうしても次の日も会いたくなってしまう。
そう、嗚咽も漏らさずただ静かに涙を流しながら、ゆっくり言葉がこぼれ落ちていく。
「昨日は、尊に会わなかった。だから、今日しかないと思ったんだ。今日また尊の顔を見たら、きっと明日も会いたくなって、俺はいつも通り姫ちゃんの所に行けなくなる。だから今日、尊が来る前に終わりにしようと思ったのに…」
顔を見て話をしてしまうと、やっぱりダメだ。
姫ちゃんが待ってるのに、早く行かなきゃいけないのに、尊とも、もっと一緒に居たい。
やっぱり俺は、どっちの事も大好きで、どっちの事も選べない。
そう言って俯く小鳥に、尊はもう我慢なんてしていられなかった。
尊は一気に小鳥までの距離をつめ、フェンスを握りしめて震える小さな手を包み込んだ。
突然の尊の行動に、小鳥が驚いて俯いていた顔をあげる。
「お前は、俺を選べば良い。」
涙が溜まってきらきら光る雀色の瞳をまっすぐ見据え、迷いなく言い放つ。
小鳥は大きな瞳をさらに見開いて固まった後、くしゃりと顔を歪め、首を横にふった。
「…無理だ。」
「無理じゃない。」
間を開けずに否定して、小鳥の手を包む力を強くする。
「なあ小鳥、俺はお前を一番に選ぶよ。」
事故に遭う前、電話で尊にはもう会えないと言われた時、結局姫子が一番なのかと責めたら小鳥は言った。
“じゃあ、尊は俺を一番に選んでくれるのか?”
あの時は何の言葉も返せなかったが、今ならはっきりと答えられる。
「今、俺にとって一番大事なのは間違いなく小鳥だ。どんな事をしても、お前と一緒に居たいと思ってる。」
「ーー…っ。」
大きな雀色の瞳から、ポロポロ涙が溢れだす。
無防備に泣く姿に、小鳥の心が確実に尊に傾いてきている事を感じる。
でも、まだ足りない。
まだ小鳥は尊の言葉を信じきれずに、どうするべきか迷っている。
小鳥に信じてもらえるよう、尊はいっさいの偽りなく、正直な気持ちを言葉にした。
「この先ずっと、何があっても小鳥が絶対一番だなんて事は言えねえけど、今の俺には、小鳥より大事なものは何もねーよ。」
変わらずに大事に思える自信がなくて、今までは手を伸ばす事ができなかった。
だがそんな考え方、全くもって尊らしくない。
尊は今、小鳥が大切で、側に置いておきたいと心底思っている。
変わらずに大切に思える自信がない?そんなもの知った事か。
勝手だろうが、横暴だろうが、どうしても尊は小鳥が欲しい。
もしかしたら、いつか尊にもっと大切なものが出来て、小鳥を今と同じ様には大切に思えない日が来るかもしれない。
だが、そんな来るかどうかも分からない未来を案じて、今小鳥に手を伸ばさないなんて馬鹿げている。
涙でゆらゆら揺れる雀色の瞳から目をそらす事なく、ただひたすら気持ちをぶつける。
「人の気持ちなんて簡単に変わる。だからお前の事、大事に思えなくなる日が絶対来ないとは言ってやれない。」
こういう場面では、嘘でも絶対一生大事にすると言ってやるべきなのかもしれないが、そんな上部だけの言葉では、きっと人の気持ちに悟いこの子供には届かない。
尊の言葉に少しでも嘘が混ざれば、小鳥はそれを見抜くだろう。
だから、ありのままを伝える。
「でも、この先何があろうが、今日ここで小鳥に手を伸ばした事を後悔する事は、絶対にあり得ない。」
どんな事が起こっても、どれだけ尊の気持ちが変わっても、今日、小鳥を死なせた方が良かったなんて思う日だけは絶対に来ない。
だから俺を選べと、小鳥の透き通った瞳を先程以上にまっすぐ見据えて、力強く言い放った。
「~っ!…うぅ…っ」
大きく見開かれた雀色の瞳から、次から次へと、ガラス玉のような涙がこぼれ落ちる。
甘える様に、手をギュッと握り返されて、尊の思いを小鳥が受け入れたのだと感じた。
「いつまでもそんな危ない所にいないで、さっさとこっちに戻って来い。」
泣き続ける小鳥に、尊は最後の仕上げとばかりに言葉を続ける。
「小鳥。何も出来なくて、無表情でぼーっとしてて、でも時々見せる表情がとんでもなく可愛くて、マイペースで、母親思いの良い子で…そんな、今のままのお前が、俺は大好きだよ。」
お前も俺が好きだろう?
そう言って微笑めば、泣きながら小鳥は大きく頷いた。
「なら、早くこっちに来い。」
涙を指先でぬぐってやりながら、最大級の笑顔を向ければ、小鳥はゆっくりとフェンスの外側に出る時に通った穴へ向かって歩き出した。
小鳥にとって、このフェンスの内側に戻るのは、屋上から飛び降りるよりもずっと勇気のいる事だと思う。
フェンスの内側に戻り、尊の手をとること。
それはすなわち、小鳥の全てだった姫子の居ない世界で、姫子の最後の願いを無視して生きていくという事だ。
きっと今小鳥は、とてつもない覚悟を持って一歩一歩足を進めているのだろう。
その姿を見守りながら、尊も小鳥と一緒にフェンスの穴へと移動して、穴の前で小鳥に手を伸ばす。
遠慮がちに触れてきた小さな手をしっかり掴むと、いっきにこちらへ引き寄せた。
腕のなかに包み込んだ小鳥からは、いつもと変わらない甘い匂いがして、なんとも言えない安心感が沸き上がる。
「おかえり小鳥。よく頑張ったな。」
「…ただいま。」
力一杯尊に抱きつく腕の中の小さな小鳥。
やっと手にいれた。
存在を確かめるように、尊も小鳥を強く抱き締めると、かつてない程の幸福感に包まれた。
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