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小鳥の夏休み
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夏本番、すなわち小鳥の最弱期に突入した。
小鳥は本当に夏が苦手だ。
夏休みを間近に控えた今、小鳥は絶賛夏バテ中だった。
梅雨が明けて本格的に暑くなり出すと、小鳥の食欲はみるみるうちになくなる。
本人いわく、食べなくても空腹を感じなくなるらしい。放っておくと平気で一日中何も食べずに過ごしたりする。
一緒に暮らし始めてから、夏場の小鳥にいかに食事を採らせるかは、毎年尊にとっての大きな課題である。
「小鳥、そろそろクーラー切るか?」
「…頼む。」
小鳥は暑いのが苦手だが、クーラーも苦手だ。
冷え性で空調の効いた部屋に長時間居ると、驚くほど手足の指先が冷えきってしまう。
冷えすぎないように清峰家のクーラーは設定温度26度に保たれているが、それでも付けっぱなしにしていると堪えるようだ。
ソファーに座る尊の膝に頭を乗せ、腰に腕を巻き付けくっつきぐったりと寝転がる小鳥の指先は、冷えて色がなくなっている。
「そろそろ夕飯にするか。」
「…食欲ない。」
「それでも何か食え。何がいい?」
「豆腐。」
「…材料で答えるなょ。せめて料理名を言え。」
「…冷やっこ。」
「……。」
尊の腰に埋めていた顔を上げ、下から上目遣いでのリクエストは可愛い。可愛いが、夕飯のリクエストとしてはあまり歓迎できない内容だ。
「分かった、冷やっこは出してやる。けど、それだけってわけにはいかないだろう?」
「それだけで問題ない。」
「いや、それじゃボリュームが」
「一丁食べる。それなら良いだろう?」
「冷やっこだけ一丁食う気なのか!?」
偏食にも程がある。
これ以上聞いても無駄だと判断し、小鳥から離れてキッチンへと向かう。
ここのところ体重も落ちているし、出来ればがっつり米や肉を食べさせたいところだが、この調子では難しいかもしれない。
尊の代わりに冷寒素材で出来た大きなクマ型クッションに抱きつき、相変わらずソファーでぐったりしている小鳥の様子を眺め、こっそりとため息をつく。
強引に食べさせてもし吐くような事になれば、夏バテをますます悪化させてしまう。
豆腐限定とはいえ、一丁食べられるだけの食欲があるだけまだマシだと考えるしかない。
食べられる時に食べられるものをいかにたくさん食べさせるか。
それが、ここ数年で学んだ小鳥の夏バテ対応策だ。
冷蔵庫から絹ごし豆腐を取り出し、食べやすい大きさに切り分け、細かく仕切りのついた皿に一つずつ盛り付ける。
まずは、オーソドックスに醤油と生姜味。
続いてネギとポンズ、柚子ポンズ、ごましゃぶドレッシング、キムチにピエトロドレッシングがけ、梅肉乗せ……
全部が違う味になるよう、一つの仕切りごとの豆腐に、思い付くまま手を加えていく。
地味だが、なかなかに手間のかかる作業だ。冷やっこひとつに、こんなに手間をかけている自分に、自然と苦笑が漏れる。
小鳥は豆腐がかなり好物なので、別に一丁まるごと醤油をかけただけの状態で出しても問題なく平らげるだろう。
しかし、尊としては少しでも摂取させる品目を増やしたいので、その為の味付けの手間は惜しまない。
今でこそ小鳥の酷い夏バテにもこうして何とか対応できるようになったが、一緒に暮らして最初の夏は本当に大変だった。
今でも夏がくるとあの時のことは良く思い出す。
《なぁ小鳥、オムライス好きだろう?昼に作ってやるよ。食べられるぶんだけ食べろ、残して良いから。》
《…いや、いい。ナタデココゼリーなら食べる。》
《昨日の夜からゼリーしか食ってねぇだろ?作ってやるから、一口だけでも食べろって。》
そう言っても、小鳥は頑として首を横に振るばかり。
暑くなってからというもの、似たようなやりとりを何度となく繰り返していた。
尊は全く夏バテというものを経験した事がなかったので、めっきり食欲が落ちて痩せていく小鳥にかなり戸惑ったのを今でも良く覚えている。
《一口だけでも無理なのか?》
《無理じゃない…けど……》
けどなんだ?無理じゃないなら食えと詰め寄ると、小鳥がへにゃりと眉を下げしょんぼりした。
《尊が、俺のために作ってくれたものを、残したりなんかしたくない。》
《…だから、食欲ない時はゼリーとか既製品ばっか食いたがるのか?》
渋々といった感じで小鳥は頷いた。
《それに、尊のご飯はすごく美味しい。美味しいのに、全部食べきれないのは…何だか悔しい。》
だから食欲がない時には尊の料理は食べられないと何とも可愛い事を真剣に言われ、尊は思わず小鳥をギュウギュウ抱きしめたのだった。
そんな事を言われてしまっては、兄としては頑張らないわけにはいかない。
小鳥のための料理には手間を惜しまない。例えそれが、冷やっこでもだ。
自他共に認める王様気質の尊にここまで尽くさせる事が出来るのは、世界広しと言えども小鳥くらいだろう。
出来上がった冷やっこを冷蔵庫に入れて、自分用には冷しゃぶを作る。
残すのが嫌だという小鳥に、なら残した分は全部自分が食べてやるからと提案した事がある。
しかし小鳥的には、“小鳥の為”に作られたものを残すという行為が許せないらしく、尊が完食したところで、小鳥が残した事に変わりはないから嫌だと言った。
変なところで頑固というか、どこまでも真面目というか・・・
何にせよ、尊としてはそんなところも可愛いばかりだ。
やはり、自分は相当なブラコンなのだろう。
お湯を沸かしている間にタマネギやキュウリを皿に盛り付ける。
沸騰した湯で豚肉を茹で、ドレッシングと一緒に皿に加えれば、あっという間に冷しゃぶも完成だ。
基本、食欲のない小鳥と食事をする時は、小鳥と尊で異なるメニューにする。
尊が代わりに完食する提案を却下された後、それならばと、“小鳥の為”に作った料理ではなく、尊が“自分の為”に作った料理を分けるという形式にすれば問題ないだろうと小鳥を説き伏せた。
その結果、量としては本当に一口ほどではあるが、食欲のない小鳥に何とか米や肉を食べさせる事にも成功した。
尊の料理を残したくないという小鳥は健気で可愛いが、こちらとしては、やはり一口でもスタミナのあるものを食べて欲しい。
今日も夕食が冷やっこだけというのは許容しがたい。一口でも冷しゃぶを食べさせられればいいのだが。
色々手を掛けたといえどもあくまでベースは豆腐。一日に必要な摂取カロリーには到底足りていない。
「小鳥ー!夕飯出来たからこっち来い!」
キッチンから呼び掛けると、のろのろと起き上がった小鳥はマイペースに二人ぶんのお茶や箸の準備をして
食卓に着く。
「ほら、ご要望の冷やっこだ。」
冷蔵庫から取り出した冷やっこプレートを目の前に置いてやると、小鳥はキラキラと目を輝かせた。
「……っっ!!味が、いっぱいだ。」
いつも通りのぼんやり口調に、ぼーっとした無表情。
だが、尊には小鳥が喜んでいる事がはっきり分かる。
「さ、食べよう。頂きます。」
「…頂きます。」
並んで座り、手を合わせて食事を始める。
小鳥は順調に冷やっこを食べ進めていく。手間を掛けたかいがあった。
「小鳥、冷しゃぶも一口。」
「ん。」
箸で野菜と豚肉を挟んで口許に近付けると、あー、と素直に小鳥が大きく口を開いた。
小鳥の口の中に消えていった一口ぶんの冷しゃぶに、尊は心地良い達成感に浸った。
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