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小鳥の夏休み5
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“もずくが食べたい。アクアと美羅と臣が来た。一緒にバーベキューしてる。”
顔合わせが終わり、ちょうどホテルから出たところで送られてきた小鳥からのline。
いつもながら用件だけが並べられた文面に、尊は首を傾げた。
何故アクア達が軽井沢に居るのだろう。話を聞こうと小鳥に電話をかけると、程なくして繋がった。
『尊?用事は済んだのか?』
「おぅ、今からそっちに戻る。line見たけど、アクアちゃん達来てるってどういう事だ?」
『美羅の親戚が近くに別荘を持ってて遊びに来たらしい。今そこで皆でバーベキューしてる。』
尊達が泊まっているコテージから歩いてすぐなので今から合流して欲しいと言われ、尊は小鳥の元へ向かった。
車を置きにコテージに寄った後、途中コンビニで買った小鳥ご希望のもずくの入った袋をぶらさげて、lineで送られてきた地図に沿って歩く。
小鳥の言葉通り、5分程で目的地に到着した。
「お~尊!お疲れ~!」
ビールを片手に、酒が入ったことで更に賑やかさの増した静に出迎えられる。
「尊も飲めよ!」
肩を組まれ、冷えたビールをケラケラ笑ながら差し出された。
「まだ初日なんだからあんま飲みすぎるなよ。」
「了解ー!」
満面の笑みを浮かべながら、静が敬礼のポーズをする。すでに立派な酔っぱらいだ。
さて小鳥はどこだろうと辺りを見回すと、そんな尊に気付いた静がテラスの方を指差した。
「ことりんなら、あっちでお姫様みたいな女の子二人にお姫様扱いされてるぞ。」
言われてそちらに視線を向ければ、アクアと美羅に挟まれて座る小鳥が、二人から代わる代わる食べ物を口に運ばれていた。
ちなみに臣は、食べ頃に焼き上がった食材を網の上から次々に二人の持つ皿に運んでいっている。
「どこのお姫様だよ!?ってな勢いで尽くされてるよな。」
始終楽しそうに笑っている酔っ払いは放置して、尊は小鳥の元へと向かった。
「…尊。」
近くまで行くと、尊に気付いた小鳥が立ち上がってこちらにヒョコヒョコと歩み寄ってくる。
「お疲れ様。おかえりなさい。」
「あぁ。ただいま小鳥。」
出迎えてくれた小鳥の柔かな雀色の髪を撫でると、いつもの無表情がほんの少し緩む。
直接本人に聞いたわけではないが、小鳥は頭を撫でられるのが好きらしい。
小鳥はいつでも可愛いが、頭を撫でられた時のほわりと柔らいだ表情が、尊にはとくに可愛くて仕方がない。
ふわふわとした心地よい手触りにも誘われて、小鳥の頭を撫でるのは尊の癖になっている。
「ほら、もずく。」
「…ありがとう。」
「全部食べるなよ、1パックだけな。」
3つセットになったもずくの入ったコンビニ袋を手渡すと、小鳥は頷いていきいきと目を輝かせた。
今日は余程もずくの気分だったらしい。豪華なバーベキューを目の前にしてもブレない姿勢はさすがというかなんというか。
だが、アクア達のおかげでそれなりに色んなものを食べたようだし、バーベキューも満喫しているようで何よりだ。
夕飯がもずくだけという事態にならずに済んで一安心だ。
「尊、とうもろこし食べるか?」
臣が焼き上がった食材を盛り付けた皿の中から、小鳥はこんがりと焼き目のついたとうもろこしを取ると、尊に差し出す。
「おぅ、ありがとな。」
腰を折って小鳥の手元に顔をちかずけとうもろこしにかじり付くと、口の中に優しい甘さが広がった。
「尊、ちょっと来い。」
小鳥との時間を楽しんでいるところに、不機嫌そうな聖に呼び出しを受ける。
「何だよ?」
「いいから来い。」
決して機嫌が良いとは言えない聖の様子からして良い話ではなさそうで、正直無視したい。
しかし放っておくと後々面倒な事になりそうなので、尊は仕方なくテラスから少し離れた場所へ聖と移動した。
「で?何なんだ急に。」
ビールを煽りながら、用件をさっさと言えと促すと、重々しく聖が口を開く。
「お前の弟、もうちょっと何とかならないのか?」
「何とかって?」
「ワガママ…というか、協調性がない。甘やかしすぎなんじゃないのか?」
「あ~確かに協調性はあんまないよな。」
小鳥がどこまでもマイペースな事は否定できない。周りに流されず我道を行く姿勢は、長所であり短所でもある。
最も、意図的に周りを自分の都合に合わせて振り回している尊に比べれば、小鳥の協調性のなさなど可愛らしいものだと思うが。
「小鳥と何かあったか?」
わざわざ尊にこんな事を言うからには何かしら理由があるのだろう。
自分の留守中に何かあったのだろうという考えは的中したようで、聖から堰を切ったように文句が飛び出した。
「何かも何も、夏バテだというから気を遣って食べたいものを聞けば、自分の事は気にするな自分は食べないから俺達の好きにしろという。」
成る程、いかにも小鳥が言いそうな事だ。
「そう言われて放っておくわけにいかないし、お前に合わせてやるからとにかく食べたいもの言えと言えば、返ってきた答えがもずく、しかもお前に買いにいかせると言うし…」
組んだ腕の上で指をトントンと叩きながら苛立ちを露にした聖の口から次々と苦情が寄せられる。
「こっちが気遣ってるのに放っておけって、何だその態度は。放っておけというくせに、自分の事は自分で出来るわけでもなく、何かと言えば尊に頼る事を考えて。」
「成る程、聖の言い分は分かった。分かったところで、いくつか訂正があるな。」
一通り話を聞いた所、小鳥と聖の間ではおおよそ尊の予想通りの展開が繰り広げられていた。
思った通り、聖は少し誤解している。
「夕食のメニュー、小鳥が自分の事は気にせずお前達の好きなもので良いって言ったのは、小鳥なりの気遣いだよ。せっかく自分に合わせたもん作ってもらっても、多分残すだろうから。」
小鳥は、自分の為に作られた料理を残してしまうことをとても気にする。
それは、作ってくれる相手が尊でなくても同じことだ。
自分が出来ないぶん、料理をするのは大変だという意識が強いのだろう。手を掛けて作ってもらった料理を残す事をとても気に病む。
きっと、作ってくれた相手に嫌な思いをさせてしまうから。
聖達は今の小鳥の食べられる量を把握していない。かなりの確率で、小鳥は用意された食事を残すことになるだろう。
「お前達に、嫌な思いさせたくなかったんだろーな。」
だから悪気は少しもないのだという尊の説明を、聖は難しい顔をして聞いている。
「きっとあの3人は、その辺のとこ分かっててバーベキューにしたんだろ。いやーホント、良くできた友達だよ。」
バーベキューなら自分が食べたい量を食べれば良いのだから、残すもなにもない。小鳥部面々の安定のサポートはさすがだ。
「それはそうだとしても、尊に甘えすぎだろう。お前が甘やかしすぎるからワガママになるんだ。」
「甘えすぎ?ワガママ?小鳥のどこが?」
「どこがって…食欲がないとはいえ、当然みたいにお前に自分の夕飯買いに行かせたりして、十分ワガママだろう。」
顔合わせのついでにコンビニに寄っただけなので、買いに行かされたという程のことではないと思うのだが。
先程に比べれば、少し気分は静まったようだが、いまいち納得がいっていないという複雑な表情で聖が食い下がる。
「それも誤解だ。ワガママでも何でもねーよ。小鳥は、俺の頼みをきいてるだけだから。」
「…どういう意味だ?」
「俺が頼んだんだよ。食べたいものがあれば、必ず言えって。」
言ってる意味が分からないと訝しむ聖に、尊は説明を加えた。
「小鳥と暮らしだして初めての夏も、やっぱりあいつ夏バテ絶好調でさ。全然飯食わなくて。」
今でこそいろいろ対処できるが、あの頃はみるみる痩せていく小鳥に戸惑うばかりで、尊は成す術がなかった。
「残すの嫌がるから、小鳥が自分で食べきれるって言う量の食事しか用意しないようにしてたけど、途中からは心配でそんな悠長な事も言ってらんなくなってさ。」
栄養のありそうなものを片っぱしから作り、頼むからもっと食べてくれと食事の度に言った。すると小鳥は、たくさん時間をかけながらも、出された料理を尊の言うままに食べてくれた。
「これで安心だーって思ったのに、あいつますます痩せるは顔色悪くなるはで。んで、何日かして気付いたんだ。」
その時の事を思い出すと、今でも心臓が締め付けられて、居たたまれない気持ちになる。
「小鳥、食べたもの吐いてたんだよ。」
尊の言葉に、聖が軽く目を見開いた。
「誤解のないように言っとくけど、わざとじゃないからな。自分の意思じゃどうにもならなかったらしい。」
尊がそれに気付いた時、痩せた体を小さく縮め、小鳥はごめんなさいと謝った。吐きたくないけれど、どうしても吐き出してしまうのだと。
「無理矢理食べさせるのは逆効果だったんだ。吐くって分かってて食べるのはしんどかったと思う。それでも小鳥が食べてたのは、俺が頼んだからだ。」
食べなければ、尊が心配するからだ。小鳥は尊に、気を遣っていたのだ。
項垂れる小鳥の、痩せて今にも壊れそうな頼りない姿を見て、体中の血がサッと引いていくのを感じた。
もし尊が気付かなければ、いつまで小鳥は無理し続けたのだろう?いつまで黙って尊の頼みをきき続けたのだろう?
「その時、しんどいなら無理して食べるな。そのかわり、チョットでも食べたいと思えるものがあれば、必ず俺に言ってくれって言ったんだ。今でもあいつは俺のその頼みを律儀にきいてるんだよ。」
だから、今日も小鳥はただ尊の頼みをきいただけだ。
自由気まま、マイペースに動いているようでいて、小鳥は実はかなり周りに気を遣う。気を遣いすぎて、痛々しいとさえ思うくらいに。
無理をしているという自覚なしで無理をする。我慢しているという自覚なしで我慢する。
痛いのも苦しいのも、我慢できる程度なら問題ないなんて真剣に思っている。我慢できるのに辛いと口にするのはワガママだと思っている。
だから尊は、そんな小鳥から我慢や無理を減らせるよう、“お願い”を駆使する。
小鳥が尊を頼るのは、尊がそうしてくれと小鳥に願ったからだ。
小鳥は、尊の願いなら何でも一生懸命叶えようとしてくれる。
あの気を遣いすぎる子供を甘えさせるには、尊が甘えてくれと願い、それを口にするのが一番有効なのだ。
「小鳥は確かに協調性足りてないし、言葉も圧倒的に足りないから誤解されやすいけど、ワガママではねーよ。」
少し離れたテラスで、さっきまでと変わらずアクア達に囲まれている小鳥に視線を向ける。
普段通り考えの読めないぼーっとした顔でもずくを食べている小鳥を見ると、自然と表情が緩んだ。
「甘えすぎなんてとんでもない。あいつは、まだまだ俺にも気を遣ってばかりだ。こっちは、どうやってもっと甘やかそうかって必死だよ。」
「お前………。」
そんな尊を見て、驚いたような顔をした聖が何か言いかけたが、結局それ以上は何も言わなかった。
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