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小鳥の夏休み11
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今日予定していたぶんの撮影が大方終わる頃には、空は濃い夕焼けに染まっていた。
時計を確認すると、小鳥が広場に行ってからそろそろ一時間だ。
携帯に電話してみたが、いつまでたっても聞こえてくるのはコール音ばかり。
「小鳥、電話に出ないのか?」
受話器を握りしめて眉間に皺を寄せていると、聖に声を掛けられた。
「あぁ。そろそろ日も暮れるし、迎えに行ってくる。」
「…意外と冷静なんだな。」
聖は、携帯が繋がらなければ小鳥に何かあったのではと尊がもっと焦ると思っていたらしい。
「心配はしてるぞ。だから迎えに行くわけだし。けど、あいつ絵描いてると夢中になるからな。」
今までにも、絵を描くことに集中しすぎて時間を忘れるような事は何度もあった。
だから多分今回も携帯を放ったらかして作業に没頭しているだけだ。
とはいえ、分かっていても迎えにいかずにはいられない。やはり尊はかなり過保護なのだろう。
「俺も行く。」
予想外の聖の申し出に、軽く目をみはる。
昨日話した感じでは、聖はあまり小鳥に好意的ではなかった。
それなのに一緒に迎えに行くなどと、わざわざ自分から小鳥に関わろうとする聖の姿勢が尊には意外だった。
たった一日で、どんな心境の変化があったのやら。
「いいけど。どういう風の吹きまわしだ?」
「…さっさと行くぞ。」
尊の問いかけをはぐらかすように、聖は早足で広場へと向かいだした。
********
昨日アクア達と見つけた広場。
緑に溢れていて、座って植物の鑑賞ができるよう所々にベンチが置かれていた。
小鳥はそこに座り、夕焼けの空を描いている。
姫子から、光が死んで空に行ったと聞かされてよく空の絵を描くようになった。
その姫子も死んでしまってからは、本当に空ばかり描いてる気がする。
気持ちを染み込ませるように、水彩絵の具で白い紙に色んな朱をのせていく。
今、空はちょうど夕焼けだが、小鳥は見た景色を描写しているわけではない。
小鳥が描いているのは、自分の頭の中にある景色だ。
いつも自分の気持ちを空に例えて、それを絵にしていく。
今描いている夕焼けの空には、今日尊の仕事仲間の女性達に感じた嫉妬の気持ちが籠っていた。
沈みかけの太陽のまわりを、色とりどりの朱でグラデーションになるよう塗っていく。
今にも見えなくなりそうな太陽を夕焼けの空が引き留めるようなイメージで、ゆっくり筆を動かしていく。
太陽は尊で、夕焼けの空は小鳥だ。
別に尊は小鳥を置いて消えたりはしないだろうけれど、時々無性にこんな絵を描きたくなるのだ。
描き終えると、胸の中のモヤモヤはずいぶんとすっきりしていて、小鳥はそっと筆を置いた。
「…すごいな。」
突然後ろから声を掛けられ、ピクリと肩を跳ねさせ振り返ると、聖が立っていた。
聖の視線は、小鳥のスケッチブックへと一心に向けられている。
「…他のも見るか?」
スケッチブックには、夏休みになってから描きためていた絵がたくさんある。
スケッチブックを差し出すと、聖は無言でそれを受け取り一枚ずつゆっくりページをめくっていった。
熱心に見てくれているが、描いてあるのは空ばかりだ。それほど興味をひくものでもないと思う。
「…空しか描いてないからつまらなくないか?」
「いや、正直驚いた。どの絵もすごいな、独特の世界観がある…12歳でここまで表現できる子供はめったにいないだろう。」
「…ありがとう?」
褒められているようなのでひとまずお礼を言うと、聖がそっとスケッチブックを返した。
「どうして聖がここに居るんだ?」
「お前を迎えにきたんだ。一時間経ったから尊が携帯に連絡したが、繋がらなかったからな。」
「…?電話、鳴らなかった。」
不思議に思い携帯を見れば、確かに着信を知らせるランプが点滅している。
「ぁ。」
ディスプレイを見て、思わす間の抜けた声が出る。
「…サイレントモードになってた。」
縁達の撮影の時に音が鳴ってはいけないと設定して、そのままになっていたようだ。
「……。」
「…申し訳ない。」
呆れた顔をして無言になる聖にペコリと頭を下げて謝罪する。
「別に、謝る程の事じゃない。」
てっきり非難されるかと思ったのだが、聖は小鳥を責めたりはせず淡々としていた。
昨日に比べてずいぶんと好意的な聖に、ほんわかと温かな気持ちになる。
別に嫌われていてもそれはそれで仕方ないと思っていたが、尊の友人なのだから仲良くなれるならその方が嬉しい。
「尊も迎えに来ている。広場が予想以上に広かったから、別れて探していた。今連絡するからお前は絵の道具を片付けていろ。」
「わかった。迎えに来てくれてありがとう。」
聖を見上げてそう言えば、切れ長の鋭い目がほんの少し穏やかに細められた気がした。
聖が尊に電話を掛け始めたので、小鳥はすぐ近くの水道へと向かう。
絵の具を溶かすのに使っていた水を捨て筆を軽くすすいでいると、広場の奥の並木道から鳥の鳴き声が聞こえた。
小さなその声は何やら切羽詰まった響きで、助けを求めている気がして仕方ない。
小鳥は、並木道へと走り出した。
「あ!こら小鳥!」
呼び止める聖の声が聞こえたが、そのまま足を進める。
「どこに行くんだ!もしもし尊!?小鳥が居た!けど、今いきなり走り出して…とにかくすぐ来い!」
待て!と叫ぶ聖に、振り返って小鳥も叫ぶ。
「鳥が鳴いてる!」
「はぁっ!?」
わけが分からないといった様子の聖を尻目に、小鳥は声がする方を目指して走る速度をあげた。
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