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小鳥の世界2
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「ただいま。」
撮影が終わり帰宅すると、いつもなら玄関まで出迎えてくれる小鳥の姿がない。
「小鳥ー?」
小鳥が尊に黙って外出することはないので、家の中にはいるはずだ。
名前を呼びながらリビングの扉を開け、尊は目の前の光景にしばし固まった。
小鳥とアクアがぴったりと寄り添い仲良く手を繋いで眠っている。
常々思っているのだが、この二人の性別を超越した仲の良さは何なのだろうか。
愛らしい寝顔のツーショットという、本来なら癒されるシチュエーション。
けれど尊は、小鳥とアクアの近すぎる距離感に訳のわからない苛立ちを感じた。
そんな風に苛立つ自分自身にさらに苛立ち、無意識に眉をしかめる。
「んっ…う~ん…あれぇ?尊さんだーおかえりなさい~。」
「ただいま、いらっしゃいアクアちゃん。」
「お邪魔してます~。」
尊の気配に気付いたのか、すぐにアクアが目を覚ました。
眠気をはらうように大きく伸びをすると、アクアは手を使わず腹筋だけで勢い良く起き上がる。
小鳥はかなり深く眠っているのか、二人が話し出しても全く起きる素振りがない。
「PVの観賞会って明日じゃなかったか?」
小鳥からはそう聞いていたが、今アクアがここに居るということは予定が変更にでもなったのかと思い尋ねる。
「明日だよー。今日はね、何か急にことりん会いたくなったから来ちゃった。」
照れたように笑って話すアクアの目許が少し赤く腫れている事に気付き、尊は何となく状況を理解した。
アクアは、思いきり泣きたいときには小鳥の所へ来る。
尊は実際にアクアが泣いている姿を目にした事はないが、今日のように泣き終わった後の場面には何度か遭遇したことがある。
小鳥は、アクアには他の人間よりも格別に心を開いているが、それはアクアも同様で。
二人の間には、お互いにだけ見せられる弱い部分があるのだろう。
そう考えて、また胸の中に小さな苛立ちが積もっていく。
小鳥の全ての感情は、自分だけに向けられれば良いのにと・・・・・
「ホント、二人は仲が良いよな。小鳥はアクアちゃん大好きだし。」
苛立ちをごまかすように意識して明るい声でそんな言葉を口にする。
「私もことりん大好きだよ!ことりんは私の特別だからね!」
小鳥を特別だと無邪気に笑って言うアクアに、尊の胸にはドロドロとした黒い感情が浸透していく。
けれど、そんな気持ちはいっさい外へ出さないよう、笑顔を貼りつけて明るく応じる。
「小鳥にとっても、アクアちゃんは特別だと思うよ。」
「うん。でも、ことりんの一番は尊さんだよ?」
アクアは察しの良い少女だ。
尊の笑顔の奥に隠れた苛立ちに気付いたのか、無邪気な笑顔は引っ込めて、大人びた表情へとかわる。
尊自身はよく分かっていない、この苛立ちの正体。
けれどアクアはその正体を知っているかのように、何もかも見透かすような透き通った瞳を向けて話し出す。
「確かにことりんは私の事を大事に思ってくれてるけど、尊さんへの気持ちには到底及ばないよ。」
「そんなこともないだろ。同じくらいに思えるけど?」
少しおどけた感じでそう言えば、アクアは腕をくんで、う~んと唸る。
「尊さんは、自覚が足りないよ。」
「自覚って…」
何に対して?と尋ねようとした言葉を遮って、アクアが尊にビシリと人差し指を突き付けた。
「尊さんに問題です!」
「…何?」
「尊さんとことりんがうっかり毒を飲んでしまいました。解毒剤を飲まなければ死んでしまいます。でも、解毒剤は一つしかありません。」
何だその突拍子もない設定はと思いながらも、とりあえず黙って話を聞く。
「さて、そんな時ことりんは自分と尊さん、どっちを優先するでしょうか?」
「俺だろうな。」
質問を受け、尊は即答した。
自己犠牲を当たり前のように考える小鳥の性格からして、そうなることは必至だ。
「正解。じゃあ、同じ状況でことりんと私だった場合は?」
「アクアちゃんだろ。」
答えの分かりきった質問に、尊はまた即答した。アクアは、なぜこんな質問をしてくるのだろうか。
「正解。じゃあ…私と、尊さんだったら?」
「…ッ」
ドクンと、胸が嫌な感じにざわついた。
今度は、即答できなかった。
「私と尊さん、どっちかの命しか助けられない状況になったら、ことりんはどうすると思う?」
無言の尊に、アクアが再度問いかける。
「…選べないんじゃないか?」
考えたすえ、尊が返せたのはそんな曖昧な答えだった。
答えを誤魔化したわけではない。本当に、そうとしか思えなかったのだ。
尊は、小鳥にとって特別な人間だとは思う。けれど、それはアクアとて同じで。
どちらも特別なのだから、きっと小鳥に同じ質問を投げ掛けたら、選べないと答えると尊は思う。
尊の答えに、アクアは呆れ顔でやっぱりかぁ~と呟きため息を溢す。
「ことりんが起きたら、答えは本人に聞いてみて。」
それだけ言うと、アクアは帰り支度をはじめた。
「尊さんはさ、もっと思いしるといいよ。」
帰り際、玄関まで見送ったアクアが悪戯な笑みを浮かべ言う。
「思いしるって、物騒だな。で?俺に何を思いしれと?」
「自分がどれだけ、ことりんに愛されてるかってことをだよ。」
「……。」
パタンと音をたてて、扉がしまる。
アクアが帰り一人きりになった玄関で考えにふける。
小鳥がどれだけ尊のことを好きか?
そんなこと、十分理解している。
この時の尊は、本気でそう思っていた。
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