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小鳥の世界3
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目を覚ますと、小鳥は昔姫子と暮らしていた部屋の隅っこに立っていた。
確かアクアと一緒に家のリビングで寝ていたはずなのに、どうしてこんな所に居るのかと不思議に思い辺りを見渡す。
部屋の中央では、今よりも少し幼い小鳥が一人で絵を描いていた。
そこでようやく、自分は目を覚ました訳ではなく、どうやら夢の中に居るらしいと理解した。
しばらくすると、来客を知らせるインターフォンが鳴り、夢の中の幼い自分が玄関へと歩いていく。
少し遅れて小鳥も後を追いかけると、玄関には尊が居た。
多分これは、はじめて尊に会った日の夢だ。
目の前に立つ尊を、幼い9歳の小鳥はぼんやりと眺めている。
直接会ったのはこの日が初めてだったが、小鳥はずっと前から尊のことを知っていた。
とても仲良くしている素敵な男の子が居るのだと、姫子が尊の写真が載った雑誌を見せながら、よく話を聞かせてくれたのだ。
写真で見た時から華やかな男だと思っていたが、本物はそれとは比べ物にならないくらい迫力のある男前だった。
意思の強そうな綺麗な瞳が印象的で、自信に満ちたオーラが溢れ出ていた。
小鳥の瞳には、何やら尊の周りだけキラキラと輝いているように見えたのをよく覚えている。
『…小鳥、甘いものは好きか?』
この日、尊はそう言ってパンケーキを作ってくれた。
自分が作った食事しか食べないで欲しいと姫子に頼まれそれを了承していた小鳥は、ワガママな子供だと嫌われようが姫子との約束を守りたくて、尊から何を言われても夕飯を拒んだ。
予想通り、そんな小鳥に尊はかなり苛立っていたので、怒鳴られるか放っておかれるかだとばかり思っていたのに。
ご飯じゃなくてお菓子だからいいだろうなどと屁理屈を持ち出して、小鳥のためにパンケーキを焼いてくれた。
姫子に頼まれて、仕方なく面倒をみてくれたのだろう。
けれど、唯我独尊をそのまま現したかのような尊が、自分の為にそこまでしてくれた事に純粋に驚き、少し嬉しかった。
当時をぼーっと思い出し懐かしんでいると、バッと一瞬世界が真っ白になる。
視界が戻ったかと思えば、9歳の小鳥が玄関で尊に怒鳴られている場面に切り替わっていた。
あぁ、これは尊に2度目に会った時だ。
忘れ物の時計を取りに来た尊に、姫子が居ないと何もできないと宣言して怒らせてしまった。
『だったらお前はっ!姫ちゃんが死ねって言ったら死ぬのかよ!?』
そう怒鳴った直後、尊は一瞬、酷く気まずそうな、申し訳なさそうな顔をして俯いて小鳥に謝った。
姫子に死んで欲しいと言われたら死ぬか?
あぁ。そうするだろう。
だって、小鳥は姫子の願いで自分にできる事なら何だって叶えてやりたかった。
姫子の為に小鳥ができる事は、彼女の言うことをきいて、彼女が望む通りにする以外には何もなかったから。
この時の小鳥は、姫子の希望だけを叶えて出来上がった、姫子の為だけの存在だった。
姫子が望んでくれないのなら、世界中の誰も小鳥の存在を望んではくれない。
正直に言えば小鳥の返事はそうなるが、そのまま答えると何やら尊を傷付けてしまう気がした。
だから、違う言葉で取り繕った。
『…姫ちゃんは、そんな事言わないょ。』
じゃあもし言われたらどうするんだと質問を重ねられたなら、もう正直に答えるしかないと思っていたのだが、幸い尊はそれ以上は追求してこなかった。
その後、尊は自分の母親の話を聞かせてくれた。
母親が大好きで、一番に愛されたくて頑張ったという昔の尊。
ちゃんと届いていると思っていた尊の頑張りは、本当はちっとも母親に届いてはいなかったのだと、寂しそうな顔で語った。
父親の穴を埋めようと母親の為に頑張った尊は、何だか自分と似ている気がして。
一番になりたくて頑張って、でもやっぱり父親には敵わなくて…その歯がゆい気持ちは小鳥にもよく分かった。
しばらくすると、また世界が真っ白に覆われる。
次に視界が戻ると、熱を出し、おでこに濡れタオルを乗せた小鳥が、尊に頭を撫でられている場面だった。
この日の出来事は、本当によく覚えている。ほんの一欠片でさえ、一生忘れることはないだろう。
この日、小鳥にとって尊は特別になった。
『…小鳥は良い子だなぁ。』
尊がそう言ってくれた時、小鳥がどれだけ嬉しかったか…いくら言葉を尽くしても、とても言い表せない。
短く飾り気のないその言葉で、小鳥は確かに救われたのだ。
小鳥が小鳥なりに姫子を思いやって行動していても、他人の目にはそうは映らない。
ワガママ、姫子が居ないと何もできない、手が掛かる子で姫子が可哀想。
周りの大人達に、今まで何度もそんな言葉で責められてきた。
初めてだった。姫子以外の誰かに、良い子だなんて褒めてもらえたのは。
自分の頑張りを分かってくれる人がいる。認めてくれる人がいる。
それが、涙が出るくらい幸せだった。
尊に抱き締められながら、この日小鳥は幸せな眠りについた。
次々と世界が真っ白に覆われては、3年前、尊と過ごした“唯原小鳥”としての日々が、まるで映画のように再生されていく。
一緒にプリンを作ったこと。
少しずつ、不器用な小鳥に家事を教えてくれたこと。
全部、大切な思い出だ。
尊と一緒の時間は幸せで、ちょっとでも近くに居たくて、小鳥はいつも尊の後を付いて回っていた。
それだけべったりくっついていたので、小鳥の秘密は早々に尊にバレてしまった。
小鳥が姫子の食事しか受け付けないのは、そうして欲しいと姫子に頼まれたからだということも、夜中に何度もかかってくる電話のことも。
秘密に気付かれてしまった時、今度こそダメだ、もうきっと尊とは一緒に居られない…そう思った。
これまでにも、姫子の小鳥に対する強い執着に気付いた人間は居たのだ。
そして、姫子はおかしい、姫子は間違っている、自分は小鳥の味方だと優しく接してくれた。
本当に小鳥を心配してくれていたのだと思うが、姫子を否定されると、小鳥はその心配を受け入れることはできない。
何とかしてやるという申し入れを、小鳥はひたすら突っぱねた。
だって、何とかして欲しいなんて少しも思ってはいなかったから。
そんなことをされては、姫子に悲しい思いをさせてしまう。
何を言っても聞く耳を持たない小鳥に、呆れたり、見ているのが辛いと言ったりして、結局は皆離れていった。
尊もきっと同じだと思ったのに、違った。
変わらず、側に居てくれた。
姫子の小鳥に対する常識から外れた言動を知っても尚、姫子の事も、小鳥の事も否定せずに、黙って一緒に居続けてくれた。
小鳥にとって、そんな尊の存在は夢みたいで。
どんどん尊が好きになった。
ずっとずっと、尊と一緒に居たいと思った。
でも、それが無理な事はちゃんと分かっていた。
分かってはいたけれど、少しでも長く、この幸せな毎日が続きますようにと、祈るような気持ちで尊との日々を過ごした。
そして・・・・・
やっぱり、お別れの日はやってきたのだ。
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