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小鳥の世界4
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部屋に響く、姫子の悲痛な声。
『小鳥は、私が居なきゃ何もできないの!何もできなくていいの!!』
『小鳥ッ、小鳥…。小鳥は私がいなきゃ何もできないわよね?小鳥は、何にもできなくて良いの。全部私がやってあげるもの。小鳥と私はずっと一緒なんだから、それで何にも問題ないの。』
無事ドラマの撮影を終えた姫子の為に小鳥が夕食を作ったことがきっかけで、姫子は激しく取り乱した。
尊に夕食作りのサプライズを提案された時きちんと断っていたなら、こんな事にならなかったのかもしれない。
でも、もし時間を巻き戻せてもきっと小鳥は同じ行動をとるのだろう。
『小鳥!姫ちゃんの為に一緒に晩飯作るぞー。』
小鳥の大好きなキラキラした笑顔でそんな風に尊に誘われたら、断るなんてできない。
でも、断らなければ小鳥が尊から色々と教わっていた事が姫子にバレてしまう。
そうなれば、姫子は間違いなく小鳥から尊を引き離す…小鳥はまだ、尊と一緒に居たい。
だから、一度は尊の誘いを断った。
けれど・・・・・
『俺と料理するの、嫌か?楽しくないか?』
そう尊に聞かれたら、もうダメで。
そんな風に思われてしまうくらいなら、例え今日が最後になっても、尊と一緒に料理を作ろうと思った。
小鳥は、尊から料理をはじめとする家事を教わるのが、本当に楽しかったから。
お世辞にも上達が早いとは言えなかったが、ほんの少し何かが出来るようになると、尊は盛大に褒めてくれた。
今まで、何も出来ないままでいることばかり望まれてきた小鳥にとって、何かが出来るようになって、それを大好きな尊が喜んでくれるのが、心の底から嬉しかった。
たがら、尊と一緒に料理をするのが嫌だなんて誤解をされるのは、何がなんでも嫌だった。
結局、小鳥の想像通り、この日を最後に尊とは会わないで欲しいと姫子に頼まれて。
もう二度と尊には会えないと悟り、電話で精一杯のありがとうを伝えた。
本当はさよならなんてしたくなくて、ぺしゃんこに潰れそうな気持ちを抑えて、ただひたすらに感謝の気持ちを届けたあの日。
途方もない喪失感に襲われて、尊との電話を終えた小鳥はその場にしゃがみこむ。
そんな夢の中の自分を見ながら、小鳥も当時の気持ちを思いだし、胸がギュッと締め付けられた。
すると突然、今までとは違い、世界が真っ赤に覆われる。
ドンッと大きな衝突音がして、続いてグシャリと何かが潰れる音。
視界が晴れると、小鳥の前には事故に遭った日の光景が広がっていた。
『…ひ、め、ちゃんっ、…姫ちゃ、ん!起き…てっ!姫ちゃん…っ!』
目の前で、姫子が血だらけになって気を失っている。
小鳥も背中の傷がズキズキと傷み、大声を出す度にドクン、ドクンと血が溢れ出す。
それでも必死に叫び続ける。
庇うように抱き込まれた姫子の腕の中、何度も何度も名前を呼ぶ。
すると、ゆっくりと姫子が目を開けた。
『…小鳥?』
『…ッ!!ひめ、ちゃんっ』
意識を取り戻してくれた事に安堵して、小鳥の瞳にジワリと涙が滲む。
でも、安堵の気持ちは姫子の次の一言で粉々に砕け散る。
『やっと…光君が…迎えに、来て、くれたね?』
『…ッ!!!』
この台詞の意味を、小鳥は正確に理解できた。
姫子は、ずっと前から光を追って死にたかったのだ。
光の死因は、居眠り運転のトラックによる事故。そして、小鳥と姫子は、今同じ状況に陥っている。
他人が聞けば笑い飛ばすかもしれないが、小鳥は本当に、光が姫子を迎えにきたかのように感じた。
小鳥を庇って体中傷だらけなのに、苦痛なんて全く感じさせない、それはそれは幸せな笑顔で姫子が微笑む。
『私が死んだら、小鳥も死んでね?』
『小鳥は、私が居ないと生きていけないもの。光くんの所で、また3人で暮らすの。だから、私が死んだら小鳥も死んでね。』
ゆっくりと瞼を閉じて動かなくなる姫子。小鳥はもう、“起きて”と声をあげることが出来なかった。
小鳥もゆっくりと目をつぶると、だんだん意識が遠退いていく。
『…みこと。』
もしこのまま自分も死ぬのなら、心残りは一つだけ。
ただただ、もう一度尊に会いたかった。
今度は世界が真っ黒に覆われ、何も見えない。
けれど、声だけが聞こえる。
小鳥の大好きな、尊の声だ。小鳥、小鳥と何度も名前を呼んでくれている。
真っ暗な世界に少しずつ光が差してきて、光の先に表れたのは、病院の屋上から飛び降りようとしている自分の姿だった。
9歳の小鳥が、酷く思い詰めたような顔で屋上の淵に立ち空を眺めている。
小鳥はすぐ隣に立ち、幼い自分と向き合う。
「…そんなに、悲しい顔をしなくても大丈夫だ。」
話しかけたところで夢の中の小鳥には聞こえはしないだろう。
けれど昔の自分に、何だか無性に大丈夫だと言ってやりたくなった。
大丈夫、大丈夫なんだ。
だってもうすぐ・・・・・
『小鳥っ!!』
ほら、尊が来てくれた。
この日、尊が屋上に来てくれたおかげで、今も小鳥は生きている。
他の誰がではダメだった。尊以外の誰が止めても、小鳥は死んでいただろう。
世界でたった一人、尊だけが小鳥を救うことができた。
『お前は、俺を選べば良い。』
『なあ小鳥、俺はお前を一番に選ぶよ。』
『今、俺にとって一番大事なのは間違いなく小鳥だ。どんな事をしても、お前と一緒に居たいと思ってる。』
驚くほど、小鳥が求めていた言葉ばかりをくれた尊。
小鳥はずっと、誰かの一番になりたかった。
姫子には大切にしてもらっていたし、小鳥も姫子が大好きだったが、姫子の一番は光だった。そして、光の一番も姫子だった。
子供ながらに、二人の間には誰も入ることの出来ない絆があるのを感じていた。
でも、突然光は死んでしまった。
一番大切な光を失ってからというもの、姫子はとても不安定で、少しでも目を離せば光の事を追いかけていってしまいそうで、小鳥はいつも怖かった。
繋ぎ止める為に、小鳥は彼女の望みを全て叶えた。姫子が、光がいなくても少しでも幸せで居られるよう、小鳥なりに頑張った。
姫子の為だけに生きるという事が、小鳥が姫子をこの世に繋ぎ止める唯一の方法だった。
でも、小鳥は頑張りかたを間違えていたのだろう。
だから、誰からも認められなかったし、認められないことを仕方ないとも思っていた。
でも・・・・・
『小鳥。何も出来なくて、無表情でぼーっとしてて、でも時々見せる表情がとんでもなく可愛くて、マイペースで 、母親思いの良い子で…そんな、今のままのお前が、俺は大好きだよ。』
尊は、姫子の為だけに出来上がったような自分を認めてくれた。
今のままの小鳥を、大好きだと言ってくれた。
小鳥の全てを肯定してくれた。
どうしようもない自分を丸ごと受け止めてくれる人間がいて、その人の一番が自分だなんて、これ程幸せな事はない。
今は一番だけれど、この先も変わらずに居られるかは分からない、でも何があっても今日小鳥を助けたことを後悔したりはしないと言い切った尊。
その言葉だけで、小鳥は尊の待つフェンスの内側へと戻る勇気が持てた。
先の事なんてどうだって良い。
自分が尊の一番で居られるこの瞬間を、尊と一緒に生きていたいと強く願った。
姫子を失って壊れた小鳥の世界は、尊によって作り変えられたのだ。
この日から、尊はずっと小鳥の王様だ。
愛しい愛しい、小鳥の暴君…
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