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小鳥の涙
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最初は、光。
次は、姫子。
小鳥の大好きな両親は、小鳥をおいて遠くへ行ってしまった。
光が死んで、家に閉じ籠って姫子とだけ過ごした日々、小鳥にとって姫子は世界の全てだった。
その姫子が死んで、小鳥の世界は一度終わりを迎えた。
姫子の居なくなった世界で今も小鳥が生きていられるのは、尊のおかげだ。
もし尊を失ったなら、今度こそ小鳥は壊れてしまうだろう。
自分の世界の中心が居なくなる…あんな悲しい思い、二度はとても耐えられない。
だから、神様…本当に居るのかは知らないけれど、お願いします。
俺の世界から、尊を奪わないで下さい。
もしも、尊を遠くに連れていってしまうなら・・・・・
その時は、どうか俺も一緒に。
*******
小鳥は、校門の前で尊の迎えを待っていた。
今日は定期テストの最終日、学校は午前中で終わる。
尊も仕事が午前だけなので、家出事件の時に約束した水族館へ行くことになっていた。
「制服のまま水族館行くの?」
一緒に尊の迎えを待ってくれている美羅が、髪を耳にかけながら小鳥に問いかける。
髪を耳にかけるなんて、どうということのない仕草だが、美羅がやるととても品がある。
「いや、一旦帰って着替える。尊も、今日はスーツで仕事だったみたいだから。」
私服で仕事することがほとんどの尊だが、今日は何やら偉い人と会っているらしい。
仕事が終わり次第、尊がそのまま車で迎えに来て、一緒に家に帰って昼食と着替えを済ませた後で水族館へ出発の予定だ。
「尊さん、仕事は予定通り終わりそうなの?」
「…多分?」
尊の仕事は時間が不規則だ。予定より長引くこともよくある。今日はこの近くのホテルで打ち合わせだと言っていたので、多少時間が遅くなってもそんなに差し支えはないが。
「あ…、噂をすれば…尊から、電話だ。」
タイミングよく尊から着信が入り、小鳥は携帯を耳にあてた。
「もしもし?」
『仕事今終わったから、今から迎えに行くな。コンビニ寄るから、あと10分くらいで着くと思う。』
「分かった、待ってる。」
『水族館、楽しみだな!』
通話口から聞こえてくる尊の明るい声に、小鳥もコクコクと頷く。
「小鳥、電話なんだから頷いても尊さんに伝わらないわよ。声出さないと。」
クスクスと笑いながらの美羅の指摘が聞こえたのか、電話の向こう側で尊も声をあげて笑った。
『じゃあ、また後でな。』
「あぁ。…気を付けて。」
電話を終え少しすると、前の道をこちらに向かって歩いてくる聖が見えた。
「…あ、聖が居る。」
「あらホント。」
聖も小鳥達に気付いたようで、少し足を速めて近付いてくる。
「尊の迎え待ちか?」
声をかけられ、小鳥は頷いた。
「今日は、水族館に行くんだ。」
「あぁ、そう言えば今日の午後からの予定は意地でも空けるって、前々から尊が仕事をはりきってたな。」
何気ない聖の言葉に、小鳥の胸はじんわりと温かくなる。
忙しいなか予定を調整してもらって申し訳ない気持ちもあるが、小鳥との水族館を尊も楽しみにしてくれているのだと思うと素直に嬉しい。
「聖さんは、買い出しですか?」
聖が手にぶらさげているビニール袋を見て、美羅がにこやかに尋ねる。
「あぁ。シャーペンの芯を切らしてしまってな。」
ビニール袋の中には、他にもポテトチップスや炭酸飲料が入っていた。
どちらも聖は口にしないので、多分静にでもねだられたのだろう。
何だかんだ、静と聖は仲が良い。
「尊は、いつ頃迎えに来るんだ?」
「聖と会う前にかかってきた電話では…あと10分くらいって言ってた。」
「そうなの?じゃあ遅れてるみたいね。もう20分は経ってるわ。」
時計を確認した美羅が、道が混んでるのかしらと、携帯で周辺の交通情報をチェックし始める。
確かに少し遅いと思い、小鳥も尊に電話してみたのだが、お掛けになった番号は…と、無機質なアナウンスが流れた。
この都会で圏外なんてことはあまり考えられないので、多分電源が切られているのだろう。
運転中なのだろうか?
だが、わざわざ電源を切るなんて珍しい。
繋がらなかった携帯をぼんやり眺め、少し胸がざわついた。
「小鳥!!」
落ち着かない気持ちで携帯を握りしめていると、ずいぶんと焦った声で背後から名前を呼ばれた。
振り返って見えたのは、切羽詰まった様子でこちらに駆け寄る臣の姿。
部活の途中だったのか、ジャージ姿で携帯だけを手に持っていた。
「臣?どうしたの?」
「…何かあったのか?」
普段落ち着いた雰囲気の臣が、こんなにも取り乱すのは珍しい。
美羅も聖も、困惑した表情で臣を見ている。多分、小鳥も似たような顔をしているだろう。
何かあったのかなどと聞いたが、何かあったのは明白だった。それも、きっととびきり良くないことが。
胸のざわつきが酷い。何だか、嫌な予感がして仕方ない。
そして悲しいことに、こういう時、小鳥の予感はたいてい当たってしまう。
「っ…友達がlineで画像送ってきたんだ。近くのコンビニでさっき、車の衝突事故があったみたいで…」
息を切らせながら、小鳥達に向かって臣が携帯を見せる。
「…ッ」
「…っ、これって。」
画面に表示された画像を見て、聖と美羅が顔を青くして息をのんだ。
「この、車…尊さんのだよ…な?」
臣のその問いは、小鳥の耳には届かなかった。
目の前の画面に写っているのは、運転席がぐしゃぐしゃに潰れた車の写真。
見覚えがありすぎるその車は、間違いなく尊のものだった。
コンクリートに飛び散っているのは、赤い血と、粉々になったガラスの破片。
「小鳥!?おい、聞こえてるか!?」
臣が必死に呼び掛けてくれている気がしたが、返事をすることは出来なかった。
どんどんと早くなる鼓動に、息が苦しくなる。
体が震える。
頭の中に、姫子と事故にあった時のことが蘇った。
グシャリと車が潰れる音、人の…姫子の骨が、砕ける音。
世界が壊れる音がする。
自分は今、立っているのか、座っているのか。
目を開けているのか、閉じているのか。
そんな事すら分からなくなる。
ただただ、とにかく苦しくて、もうどうしようもない。
姫子と同じように、車の中で血だらけになっている尊の姿ばかりが鮮明に頭に浮かぶ。
嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ。
尊が死んでしまうなんて、耐えられない。そんな世界、受け入れられない。
尊、行かないで。
置いて、行かないで。
お願いだから、連れていって。
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