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十六。
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『よく聞いて、冬護。貴方はこれから、稲月家の者として使命を果さなければならない。』
ーーーこれは、夢か。
冬護は焔の居酒屋を後にして、とあるビジネスホテルで寝泊まりしていた。
寝る以外何もすることがなかった冬護は、あれから数時間ベッドに横たわったまま過ごしている。
『私たちの唯一である二条家はもういない。巽様は見ず知らずの赤子を救うために、名前を与えて死んでしまった…。』
瞳を閉じて寝ていると、思い出すのは15年前の幼い記憶。
当時5歳だった冬護は、母親の兄である雪守(ゆきもり)と仲良くしていた。
それと同時に二条家の十二支だった巽とも、まるで兄弟のように優しくしてもらっていた。
その時の冬護は世間と同じ、明るくて元気な子供だった。
周りも真っ直ぐな志を持つ人間が多く、尊敬できる部分が多い。
特に雪守は稲月の月華に相応しく、強くて優しい人間だった。
冬護もいつか雪守のような月華になりたいと夢見ていた。
ーーーそれが崩れ去るのは、数ヶ月後の冬。
突然二条家が何者かの襲撃によって、巽以外全員殺されてしまった。
巽と雪守はその時ちょうど外出しており、帰ってきた時には既に遅かった。
犯人の尻尾は結局掴めず、いまだ未解決のまま。
ーーそして更に1ヶ月経ったある日、事件は起こった。
稲月家唯一である二条 巽が、見ず知らずの赤子に名前を与え自ら命を絶ってしまう。
その繋がりで、稲月家の月華だった雪守も後を追って死んでしまった。
ーーーそれからというもの、稲月家の歯車は次第に狂っていく。
『月華である雪守(ゆきもり)叔父さんも……、巽様の後を追って死んでしまった……。もう私たちには、貴方しか残っていないの。』
母親の啜り泣く声と、強く言い聞かせるような言葉が今でも呪いのように残っている。
『2人から託された赤子は、もう十二支として生きている。これから稲月家の中から、新たな月華が見つかるでしょう。』
まだ5つの冬護に、母親は縋り付くように肩を掴んだ。
『それはきっと貴方になる。いい?冬護。貴方は雪守叔父さんより強い月華になるの。
誰にも負けない揺るがない人間に…。』
冬護の母親が振り向く先には、使用人に抱かれ大人しく眠っている赤子の姿。
『……それと無理かもしれないけど、あんな偽物の十二支に心を奪われないこと。』
それを憎しみを込めた目で睨んだ彼女は、真っ黒な目で冬護に語りかける。
『彼は存在自体が悪なの。私たち稲月家から、唯一の人を奪った。その罪は計り知れないほど重く、とても残酷なもの。』
ーーーだから極力彼と関わらないで。
ーーー本能に抗い、1人でも生きていける強者でありなさい。
その言葉を呆れるくらい毎日聞かせた母親は、数年後病で倒れ死んでしまう。
稲月家の人間は冬護を厳しく指導し、外との関わりも完全に絶ってしまった。
当時無垢な心だった少年も、周りの荒んだ環境に溶け込み呑まれていく。
気づけば慎太郎のことを酷く憎み、月華として目覚めた後も慎太郎を邪険にしていた。
いつも一人ぼっちの慎太郎を見て、冬護は心の中で嘲笑う。
家を離れた後も彼は親しい人間を1人もつくらず、それを見るたび冬護は満足していた。
"そうだ、そうやって永遠に孤独でいればいい"
自分の出生を恨み、人生を憎み、すべてに懺悔して生きていけ。
ーーーしかし、ある日突然変化は訪れる。
名鳥という少年が、慎太郎の目の前に現れたのだ。
彼は慎太郎を似た者同士と言い、友達になろうと言ってきた。
それを間に受けた慎太郎は、次第に名鳥たちに心を開いていく。
その光景を間近で見た冬護は、彼らに対して嫌悪感を露わにする。
どうしようもない苛つきを、彼ら2人に向けて発散していたら、予想外の展開が待っていた。
『……だったら、あなたが外に出ればいいんじゃないですか。』
ーーー今まで冬護の言うことを聞いていた慎太郎が、初めて冬護に反発して怒ったのだ。
2人の言い争いは次第にヒートアップしき、結局冬護が家から出ていく形になってしまう。
それこれも、全ては名鳥が現れてきたからだ。
(……あのガキのせいで、雑魚の心が変わってきているだと…?)
ドンッ!!
そう考えるだけで冬護の心は苛つき、思わずベッドに拳を撃ち込む。
「………ふざけんじゃねぇ。」
(アレはずっと孤独でいいんだ。友情とかそんなくだらないモノ、必要ないんだよ。)
冬護は眉を顰めながら無理矢理瞳を閉じて、明日が来るのを待った。
「………………………。」
何も考えず、無性に掻き回される感情を鎮めるために……。
『とーごくん。』
ーーー夢で見るのは、母親に言い聞かせられてきた呪いの言葉。
ーーーそれと一緒にもう一つ、冬護には思い出す記憶があった。
いつものように稽古と説教が終わった後、幼い冬護は無意識に縁側の方を見る。
そこには少し成長した慎太郎が座っていた。
彼の頬には痛々しいガーゼが貼られており、手には包帯が巻かれている。
恐らく稽古と称して、稲月の者たちに虐められたのだろう。
彼の瞳は悲しみも怒りもなく、無に等しかった。
『…………………。』
慎太郎は何を思ってか、縁側を去ろうとして立ち上がる。
するとポケットから何か落ちた。
それは、何か古い紙のようだった。
それを見た冬護は無意識に足を動かし、その紙を拾う。
紙を開いてみれば、そこに書かれていたのは"辰太郎"という文字だった。
『……おい。』
慎太郎に声を掛けると、彼は反応して冬護に目を向ける。
その時はまだ、冬護もさほど慎太郎を憎んでいなかった。
彼が完全に慎太郎を憎むようになるのは、母親の死と周りの変化があった後だった。
冬護は不貞腐れた顔で、慎太郎にボソリと言葉を吐く。
『……これ、落としたぞ。』
『え?』
冬護が開いたままの紙を渡すと、慎太郎は言葉を詰まらせながら喋った。
『……あ、ありがとう。大事なものなんだ、それ。』
彼が受け取ろうとする前に、冬護は紙を空に向けて文字をじっくりと見る。
『……なんて読むかわかんないけど。これ、お前の名前?変な字だな。』
そう言うと慎太郎は困ったように笑って頭を掻いた。
『あはは…、そうかな。一応その字、"しんたろう"って読むんだって。』
『ふぅん……。しんたろう……。
なんだ、思ったよりいい名前してるじゃん。』
冬護は縁側の庭に下りると、持っていた木刀で字を書いた。
"冬護"
その時は既に自分の名前は漢字で書けるようになっていた。
『俺は冬護。これで"とうご"って読むんだ。』
『とーご…くん?』
コクリと冬護は無表情に頷く。
『とーごくん…。』
そう言うと、慎太郎は嬉しそうに微笑んだ。
『なんか、カッコいい名前だね。』
ドクンッ……
『っ、』
初めて見た彼の笑顔に、冬護は心臓が止まるかと思った。
固まってしまった彼に、慎太郎は異変を感じて首を傾げる。
『と、とーごくん?どうしたの、大丈夫?』
縁側を下りて慎太郎は冬護のそばに寄ってきた。
彼が冬護の肩を触れた瞬間、2人の間に電流のような感触が流れる。
『『!!』』
驚いて思わず手を離してしまった2人。
『……うわっ!ごめん…!』
『……………………。』
『せ、静電気?ビックリした……。』
慎太郎は勝手にそう解釈して、冬護の手にあった紙をもらう。
『これ、もらうね。拾ってくれてありがとう、とーごくん。』
『あ、あぁ……。』
冬護は何も分かっていなくて、曖昧に返事をする。
すると慎太郎が遠くの方から数人、稲月の大人たちが歩いてくるのを見た。
『っ、じゃあもう俺行くね!』
彼は慌てて縁側を登ると、その紙をポケットにしまう。
冬護は呆然と庭に立ち尽くす。
『とーごくん。』
その言葉で、冬護はハッと意識を取り戻した。
廊下の方に視線を向けると、慎太郎が深々とお辞儀をしている。
『こんな俺に、優しくしてくれてありがとう。』
顔を上げて優しく笑うと、慎太郎は早足でその場を去ってしまった。
ーーーそれが最初で最後の、2人のまともな会話。
パチッと寝ている途中で冬護は目を覚ます。
辺りはまだ夜中で、冬護は無意識に舌打ちをこぼした。
"お前もいつか、そうなるかもしんねーぞ"
焔が放った言葉を思い出し、冬護は眉を顰める。
「胸糞悪い………。」
そう言って彼はベッドから起き上がった。
チェストに置いてあった水を飲み上着を羽織る。
そして彼はビジネスホテルを後にして、
まだ暗い夜の道へと姿を消した。
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