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season #53
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智は肩を叩かれて振り返った。
部活帰りの午後5時。
まだ陽は高く、夏の暑さが和らぐにはもう少し時間がかかる。
「小野寺君、久しぶり。」
「貴田君。」
智がにっこり笑うと、貴田が隣に並ぶ。
「今日はどうしたの?」
「部活。」
貴田もにっこり笑って、手提げ袋の中から箱を取り出す。
「え?貴田君て、部活やってたんだ。どこに入ってるの?」
「……調理部。」
貴田は手にした箱を智に差し出す。
智はそれを受け取ると、そっと蓋を開けてみた。
「うわ。ケーキ?」
箱の中のケーキは切り分けられ、きれいにラッピングしてある。
「うん。今日はチーズケーキ作ったんだ。ベイクドなんだけど……好き?」
「うん。大好き♪貴田君、ありがとう♪」
智は嬉しそうに蓋をしめる。
「あ、でも……あげたい人がいるんじゃないの?」
智が顔をしかめる。
「……うん。でも、あげられそうにないから……。」
貴田はうつむくと、寂しそうに微笑んだ。
「わかんないよ。あげてみればいいのに。」
「うん……。わかってるんだけど……。」
「大丈夫だよ。打ち明ける勇気があったんだから。」
二人は土手に上って行く。
この時期の土手は、風が気持ちいい。
まだ元気な太陽も、どこか柔らかく感じられる。
「そうかな?渡せるかな。」
「渡せるよ。大丈夫。」
智がにっこり笑うと、貴田もにっこり笑った。
おいらより全然可能性がある……。
智は川の向こうの町並みに目を馳せると、ため息をついた。
「どうしたの?何かあったの?」
「ううん。何もないよ。おいらのは、何もないのがいいんだよ。」
「そうかな……。僕が見た感じだと……。」
ふいに、遠くの方から声が聞こえてくる。
振り返ると、野球部が土手を一列に並んで走ってくる。
あっという間に智達の前まで来ると、バタバタと通り過ぎて行く。
当然、淳一も最後尾で走っていて、智達の前で立ち止まる。
「ランニング?暑いのに大変だね。」
智がニコッと笑う。
「今日は貴田と一緒なんだ。」
淳一が貴田をじっと見ると、貴田はうつむいてしまう。
「この間は悪かったな。二人で帰ってるとこじゃましちゃって。」
淳一の言葉に貴田が顔をあげる。
「いえ、そんな……。」
何て言っていいかわからず、貴田が困っていると、
「淳一君、同じクラスなんだよね?貴田君、何部が知ってる?」
智がニコニコしながら、会話に入る。
「知らない。何部なの?」
「うふふ。調理部だって。」
そう言って、智は手に持っていた箱を開ける。
淳一が箱を覗き込むと、ワァっと大きな声をあげる。
「すげぇ。こんなの作れるの?」
淳一が貴田を見ると、貴田は恥ずかしそうに首筋を擦る。
「チーズケーキは簡単だから……。」
「しょうがないなぁ。ジュン君、一口食べてみる?」
智がそっとケーキを取り出すと、貴田に差し出す。
「ラップ取るから持っててくれる?」
「うん……。」
貴田がおずおずとケーキを手にし、
智は丁寧に、巻いてあるリボンとセロファンを取っていく。
「え?いいの?もう俺、お腹空きすぎて死にそう!」
そう言って、貴田の手に大きな口を近づけると、パクッとケーキをほおばった。
貴田がびっくりしていると、
「ん!んまい!」
淳一が満面の笑みで貴田と智を見る。
「智も食べてみ?旨いから!」
淳一がもぐもぐしながら、手の甲で口の端を拭う。
まだびっくりしている貴田に向かって、
「悪い!俺今、手ぇ、汚いから。」
そう言って、片目をつぶって両手を顔の前で合わせる。
「おっと、そろそろ行かなきゃ!」
「うん。ジュン君がんばってね~。」
「おう!」
淳一は前を向いて、走り出すと、あっと振り返った。
「貴田!すっごく旨かった!」
淳一はキラキラの笑顔を放って、猛ダッシュでランニングを追いかけて行った。
二人は淳一を見送ると、顔を見合わせた。
「よかったね。食べてもらえたじゃん。」
智がふにゃりと笑う。
「うん。……食べてもらえると思ってなかったから……嬉しい。
どうしよう?嬉しくて……心臓がバクバクしてる。」
「んふふ。よかったね。」
智は、貴田の心臓の音が聞こえてきそうで、クスクス笑った。
「なんか、叫びだしそうだよ!」
「叫んじゃう?」
「う、う~ん、まだ……そこまでは…無理みたい……。」
貴田が苦笑すると、智は貴田の背中を叩いた。
二人は並んで歩き始める。
「そうそう、シャンプーありがとう。本当に、いい香り。」
「うふふ。そうかな?おいらにはよくわかんないけど……。」
「言わなかったっけ?松田君が、小野寺君の匂いが好きだって言ってたって。」
貴田がふふっと笑う。
「貴田君は、可愛いね。」
智もふふっと笑う。
二人の周りを心地よい風が駆け抜ける。
土手の上から見る空はパステルカラーで、川に映る雲はゆっくり流れて行く。
「小野寺君はどうなの?本当に何もないの?」
「実は……今日ね……。」
川面に浮かぶ鳥が二羽、仲良く並んで海に向かって泳いで行く。
もう少しで、青い空、白い雲の、暑い熱い……伊豆旅行だ。
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