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疑惑
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ターコイズさんからのリクエスト
「バレンタイのお返しを使うハル父の部下さんの風景。」です
ワイキャイ女子会になるかと思いきや・・・こんなことになりました。
「疑惑」ですよ?さて、どうなることやら~~~
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「このパスタ美味しい!」
「リングイネ?だっけ、おすすめを頼んで正解。」
しっかりガーリックの香りがついたクリームソース。カリカリベーコンと春キャベツの組み合わせがソースにバッチリ。カルボナーラはちょっと重たくて最後は飽きてしまうけれど、これは食べやすい。
「自分で作ってもホワイトソースって上手くいかないよね。」
「そそ、ダマになる。」
スタッフさんが空いた皿を下げながら「お口に会いますか?」と一言。
「とても美味しいです。おすすめを信じて正解でした。」
ニッコリ笑顔を返してくれたので、思い切って聞いてみた。
「自分で作ってもこういう風にならなくて。滑らかなホワイトソースって難しいですよね。あと特別な調味料ってあります?」
「グラタンと同じホワイトソースはパスタに使いません。これは生クリームです。」
「生クリームなんだ。」
「ガーリックの香りを出してベーコンの旨味をオイルに溶かす。キャベツはパスタが茹で上がる1分前に鍋にいれて一緒にゆでます。特別な調味料はありませんね。塩だけです。」
「塩・・・だけ。」
「パスタの多くが塩だけですね。ミート系はコショウを使いますけど。まもなくご注文のお料理が出来上がりますので、もう少々お待ちください。」
あがったよ!という厨房からの声に反応した彼はピョコンと会釈をして急ぎ足でテーブルを離れた。
『ハルのおすすめ「春キャベツとベーコンのクリームソース、リングイネ」』を指さしながら「僕のオススメです。」と言った彼は「ハル」という名前らしい。「ハルちゃん」「ハル君」というお客さんの声がチラホラ聞こえてくる。大人女子に人気の様子。かわいいから納得。
「さすが次長よね。バレンタインのお返しが食事券なんて。」
佐戸井と二人で食事をすることになったのは北川次長からいただいたチケットを使う為だ。営業部の女子6人の都合を合わせるのは大変だったので、12枚あるチケットをそれぞれ分けることにした。友達と行ってもよかったけれど、佐戸井が話したいことがあるらしい。それで二人でやって来た。そして大正解。一度に沢山オーダーして最初の皿が不味かったら最悪。だからパスタとチキンのソテーだけを頼んだけれど、これは追加が必要ね。
「それで?佐戸井の話って何?」
「あ~~ええと、追加頼んでからでいい?」
まあ、いいけど。クライアントと揉めたとか?そんな噂話は聞こえてきていない。プライベートかな?まさ結婚するから辞めるなんて言い出さないよね。
「おめでたい話とか?」
「めでたくは・・・ないわね。」
同期の佐戸井とは気が合う。広告代理店での業務は実に幅広い。私たちはバブルの時代を知らない世代だ。子供の頃にそんな好景気の時代があったというおぼろげな記憶だけで、その時の狂乱と熱なんて知りようがない。「あの時代はすごかったぞ。」と言われても知らないものは知らないのだ。それに桁違いの金額の出稿や広告宣伝費を言われても「今は違いますよね。」の一言で終わってしまう。
昔はすごかった話を聞く度に「ネットの広告なんてあなたたちの時代にはなかったでしょ?」と言ってやりたくなる(言わないけど。)
バレンタインとホワイトデーは双方面倒なイベントだった。今年から「長」のつく人にしか用意しないことに決めた。同僚の男性社員も「それがいい。」と言ってくれたし。本命チョコレートならともかく義理の中でもトップクラスの義理チョコ。それを貰って翌月にお返しするなんて面倒でしかない。社内の女子にお返しをするなら、取引先でもらうチョコに返礼したほうがビジネス的にもずっといい。係長・課長・次長・部長、この4人にのみ日頃の感謝を込めてプレゼントをする。部内の女子の負担は一人2000円。
12000円の予算を4人に分散させることにした。
ゴルフ好きの部長には名入れしたボール。シングルモルトウィスキーがお好みの次長にはグレンフィディック。和菓子大好物の課長にはとらやの羊羹。係長はポールスミスのフレグランス、エクストリームメン(ただしネット通販の安売りを入手)
毎年恒例の贈り物にしてしまえばこっちも楽。ただし係長は彼女と別れるたびに香水を変えるので、日々観察は必要だけど。
お返しはハンカチ、ちょっとリッチなパンスト、そういうのが多かった。たぶん奥さんが用意しているはずだから、別に要らないのにと思ったり。でも貰いっぱなしは嫌だとか言う旦那さんにため息つきながら買い物に出かけるのだろう。
北川次長だけ違うお返しで、私たちの反応の良さを部長がチラチラ見ていた。ホテルのケーキバイクングやSPAのチケットみたいなほうが嬉しいし、消え物だから気が楽だ。イマイチ好みではない物を貰うと箪笥の肥やしになるだけ、そして捨てるに捨てられない。
「お待たせしました。チキンのソテー「ディアブロ」です。」
「うわ~美味しそう!」
「皮がパリパリで美味しいですよ。」
皿がテーブルに置かれた瞬間、佐土井はナイフとフォークで二皿に取り分けた。あまりの速さは笑えるほど。現にハル君が「お皿さげますね。」と笑いながら言ったくらいだ。
予想以上のパリパリ感とジューシーな食感が最高。口の中にあふれているのは肉汁なのか唾液なのかわからないっていう。あ~~もう、美味しい!スーパーの硬い牛肉よりずっといい。
「ちょっと飲んじゃおうかな。」
「そうしようよ。ソーダ割り沢山あったよ。」
ご機嫌で飲み物と追加をオーダーして、チケットがなくてもこの店には来たいと思った。美味しいものを食べたくなったら「あそこに行こう。」というストックがあるとないとでは日常の潤いが違う。下手ではないと思うけど大して上手でもない料理の腕、わずかなレパートリーを増やしていこうなんて気にもなれない。日々の仕事に追われる毎日。仕事がらみの出会いがあっても、しょせんビジネス。広告代理店にいるからって出逢いがゴロゴロしているわけではない。
「次長はこの店知っていたのかな。」
そう言った佐土井の顔が曇る。なんで?
「どうみてもここ、男性が連れ立ってくる店じゃないよね。女性同士とカップル。」
「まあ、そうね。男性というより女性が多い。次長は仕事柄色々な層と仕事しているから知っていたのかもよ。誰かに聞いたかもしれないし。」
「もしくは・・・一緒に来たか。」
「ちょっと、佐土井、何を言いたいわけ?もしかして話って次長のこと?」
「あ~まあ、そうなんだけど。」
「はっきりしないわね。」
佐土井は降参したように、ナイフとフォークを置いた。飲み物を一口飲んでナプキンで唇を軽く拭く。
「伏見スタジオ。」
ああ・・・その件か。
「私も聞いたことはある。映像編集の誰かが次長にご執心だって。」
「次長は絶妙な距離を保ち続けていたって聞いたのよ、私も。」
「脈なしでそのうち諦めるだろうって係長も言ってたよ。あれは「ミエミエすぎて萎える。」って。」
「それがね、うちの制作の人間が次長の電話を聞いちゃったらしいのよ。」
制作部署は3Fの隅っこに部屋がある。ビルに囲まれた角部屋は景色が一切みえない。見えるのは隣接したビルのコンクリート壁だけ。そして昼間でも暗いし外の天気なんか全然わからない。締切間際の案件、突発に発生した案件、営業がねじ込んだ案件。制作はつねに「案件」の山と時間を過ごしている。当然定時にあがるなんて不可能だ。広告を落とす?ありえない。落とすくらいなら社員を働かせる方を選ぶ。日本においてはどこの企業もその考え方だし、これから変わっていくのかもしれないが、そうそう現場は変化できない。
だから制作は時間がわからないような場所に部屋があるのだ。今何時かな?そろそろ暗くなってきたかな?それが一切ないー常に暗い。
だから私用電話をするには絶好の場所。制作の隣にある階段スペースは私用電話ブースと化している。鉄の扉をあけて階段室にいけば、蛍光灯1本の薄暗い密室。
ただエレベーターを待ちきれず下に降りる時に階段を使う社員もいる。その逆も然り。
明るいロビーやエレベーターより階段を上がる方がいいという制作スタッフも多い。
「それで?階段室で盗み聞き?」
「盗み聞きというか「ちゃんと覚えているよ、デートを忘れるわけがないだろう。」って次長が言ってたらしい。」
「それって奥さんじゃない?」
「でもね、何回が名前を言ったらしいけど、それが伏見スタジオの女の名前なのよ。どう思う?」
「どう思うも何も、嘘や勘違いかもしれないじゃない。」
「次長が私用電話っておかしくない?けっこう普通にオフィスでしてるじゃない。」
「まあ・・・そうだけど。」
「奥さんから電話きても出るじゃない。制作の階段になんか行かない。」
「・・・。」
次長は仕事ができるし、いつも楽しいワクワクを探しているような大人子供みたいな所がある。でも仕事には厳しい。ちゃんと叱ってくれるし、褒めてもくれる。20代の女子からみれば、自分の周りにいる同年配の男達が子供っぽく見えるに違いない。それを言ったら30代の我々だって同じだ。次長はモテる要素ばかりだ、特に一緒に仕事をする間柄なら。浮いた話は聞いたことがないし、言い寄られてもかわすのが上手いらしい。
それが伏見スタジオと?
「それ誰かに言った?」
「言ってないよって、今、吉池に話ちゃってるけど。」
「その制作は?」
「言いふらすなら裏取ってからにしろって釘さした。」
「そんな裏とれって言ったところで、籠りっぱなしでしょ。佐土井は何を心配しているの?」
「心配というか、本当だったら嫌だなって、かなりガッカリ。」
「・・・うん、わかる。」
仕事も人格も尊敬できる人が、婚外活動をしているなんて知りたくもない。本当だったら仕事に影響してしまう。精神的なダメージってけっこう深刻だ。
「あれ?奇遇だな。」
頭を抱えていた佐土井と私に聞こえてきた声。おそるおそる顔を上げると、まさしく次長がそこに立っていた。口から心臓が飛び出るかと思った。
「お、お疲れ様です。」
「チケット使ってくれたのかな?」
「ああ・・・はい。」
「何だ?元気がないな。さては恋の悩みだな?」
強烈なパンチを喰らったような気分・・・です。
「先にテーブルに行ってますね。」
「あ、紹介するよ。営業部の吉池さんと佐土井さん。こちら家内です。」
「いつも主人がお世話になっています。」
「いいえ、お世話になっているのは私たちのほうですから。」
立ち上がって頭を下げる。奥さん・・可愛い人じゃないですか!伏見スタジオのつけまつ毛20代女子よりずっといいと思いますけどね。ガッカリ感が津波のように押し寄せてくる。
「もおお、父さん、食事の邪魔をしちゃダメだよ。」
「と・・・とうさん?」
ハルくんがプンとした顔で次長に「とうさん」と言った。
「あ~悪かったね。実は息子が働いている店なんだ。息子の正明です。」
「父がお世話になっています。」
「えええええ!!!!」
次長はアハハハと笑っている。「息子の仕事場を君たちに売り込みたくてね。家内のチョイスはなかなかだろう?」そう言いながら。
佐土井がストンと椅子に座った。まあ、気持ちはわかるよ、私もヘナヘナと座り込みたい。
「明さん、先に座ってますね。」
「広美、これ以上お邪魔はしないよ。君たちも食事を楽しんでくれ。俺のオススメはライスコロッケかな。中のトロトロチーズが病みつき間違いなし。あ、広美、俺も行くよ。」
ニッコリ笑って次長は奥さんの後を追った。どこからどうみても仲のよさそうな親子と夫婦。息子の職場を同僚にアピール、それもプレゼントで。しかも息子の職場で仲良く食事する夫婦。
これのどこに伏見スタジオが必要なのよ!
「よしいけぇ・・・。」
私はまたもや驚く羽目になった。目の前には半べそ状態の佐土井・・・まるで子供だ。
「ちょっと、なに、もうどうしちゃったのよ!」
「ちがったぁ~」
「だから何が!」
「ヒロミ違いだったぁ~」
「は?」
「伏見スタジオは加藤裕実。」
「ああ~~もう!なによ!」
「だって奥さんの名前しらなかったし。」
「そうだけど・・・。」
どっと脱力、そして凄まじい安堵感。ああ・・・よかった。そうよね、次長に限ってそんなことあるわけないじゃない。でも私はあやふやな情報を信じてしまいそうになった・・・反省。
「制作にちゃんと言っておかないと。」
「さっそく明日言う!」
「次長のおすすめ・・・食べる?」
「うん、それで乾杯しよう。」
「ああ・・・なんかさ~」
「佐土井?泣きべその次はウットリ?」
「うちの父親なんか母のこと「ちょっと」「おい」だよ。」
「うちだって、お父さん、お母さんだし。」
「明さんって呼ばれてたね・・・。」
「広美って呼んでたね・・・。」
二人揃ってフウとため息。伏見スタジオの気持ちはわからなくもない。デキルおじ様は素敵すぎる。若造よりずっと眩しい。
「出会い・・・転がってないかな。」
「ホントよね。」
次長みたいな素敵な人と結婚してハル君みたいな子供が欲しい。あまりに現実離れした想像に、またひとつため息をつく私だった。
おしまい
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