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ゆっくり・・・少しずつ
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ターコイズさんリクエスト~~
ギイさんのお仕事風景に続き、今度はマスターのお仕事です。
お仕事風景というリクエストからずれているような・・・仕上がりです。トホホ
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「マスターの幸せってなんですか?」
カウンターに一人で座り、マスター相手につまらないことを聞く。最近それが日課・・・いや3日に一回の決まり事。家で飲んだって酒に変わりない。でも、どうしても余計なことを考えたり、面白くもないテレビとお友達だという現実が心に重かったりする。それで、ここに来てしまう俺。
掲示板や出会い系サイトは苦手だから止めた。出逢いを求めるのはわかる。わかるけれど、セックスするための出逢いが目的だということについていけない。出会って、言葉を交わして、気持ちを育てる。その先にあるセックスなら大歓迎。以前やり取りをした相手に思いきって本心を伝えてみた。返事は「一生セルフで頑張っておけ。」-それからは誰にも言ったことがない。不器用で意気地がないゲイだっているし、愛を信じている男だっている!といくら声を大にしても結局少数派、それも面倒くさいヤツという分類。
ブログをあちこち拾い読みをして「bright」を見つけた。『マスターがしっかりしている』『客層が穏やか系』『しつこいオラオラ系はいない』その感想に惹かれたから、思い切って入ってみた。その日からここは俺の避難場所になっている。ここにくれば誰かと話すことができ、誰も俺に興味を持たなくてもマスターがいる。柔らかい笑顔に癒されるし、優しくしてくれる。優しい・・・か。それをくれた人も昔はいたのにな。それを失ってからどれだけ経つだろう。昔すぎて忘れてしまった。
「幸せか・・・なんだろうね。休みの日の朝ビールかな。」
「ささやか・・だね、そんなんでいいの?」
「昨日まで頑張った、明日からまた頑張らないと。でも今日は頑張らなくていい!ってね、プシュっと開ける缶ビールが幸せ。そう思わない?」
どうなのかな。ささやかすぎてそれって「幸せ」というより「よかった事」程度じゃないかな。マスターは滅多にカウンターの外に出ない。テーブルに呼ばれた時だけ少し居なくなる。
ドリンクを注文したら、その場でお金を払う。使いすぎることがないし、指がもつれて小銭がカウンターの上に落ちるようになったら帰り時という目安にもなる。海外のバーみたいですねと言ったら、マスターはおどけた顔をして「まとめたら面倒だしね。この方法なら踏み倒される心配もない。」と言った。
注文を聞いてドリンクを作ってお金と交換。その後は腰の高いスツールに浅く腰掛けてカウンターの中で過ごす。俺みたいな寂しんぼうの話に付き合い笑ってくれる。
「もっと大きい幸せがいい。」
「高見君の大きさはどのくらいなのかな?」
「一人でしょぼんと家にいなくていい事・・・かな。」
「じゃあ、今も立派に幸せだね。俺にしたらこの程度で?って言いたくなるけど。」
「まあ・・そうなりますね。ちゃんと言ってしまえば、誰かとゆったり過ごす事が幸せかな。」
「そういう相手を見つければ叶う幸せじゃない?」
「じゃない?って言われてもね。なかなかどうして。」
テーブル席から男が一人やってきてマスターにドリンクをオーダーした。ああ・・この声は。
「タカミー、またマスターに甘えてんの?」
「ええ、絶賛甘え中です。」
「甘えてくれるくらいのほうが可愛くていいよ。長谷部君、あんまり喰い散らかすなよ?」
「マスターそう言わずに。合意の上の自由恋愛ですから。」
「自由恋愛ね、物は言いようだ。」
「今ちょうど盛り上がってきた所。」
後ろを振り返れば、テーブルに一人座る若い子がいた。長谷部は若い子が好きだ。経験があまりない年下に目がない。「俺が仕込んだ」が長谷部の勲章らしい。最初俺も誘われた・・・でも仕込まれて嬉しいわけがない。俺はセックスが上手くなりたいわけではない。セックスの虜になってみたい、それもない。同じ気持ちで傍にいてくれる人が欲しいだけだ。でもこれは最高に難度の高い望み。ドラマや映画では男女が恋愛に傷つき、苦悩する。ノーマルがあれだけ色々なパターンの苦しみを提示しているということは、俺みたいなのはもっとレベルが上がる・・・絶望的に。
「愛は欲しくないの?」
馬鹿にされるのがわかっているのに言ってしまう俺。
長谷部は俺の顔をじっと見た。その顔はいつもの軽さがなく、無表情に近い。
「愛?疑似恋愛で充分・・・あれはいらないんだ。」
グラスを二つ手にすると長谷部はいつもの顔に戻った。なんだったのかな、今の顔は。「じゃあな。」と長谷部は背中をむけて盛り上がっているというテーブルに向かった。
「なんだよ、らしくない。」
「高見君の長谷部君らしさって、きっと本人とは違うんだよ。」
「そうですか?」
「愛はいらないって、きっと愛を知っているんだよ。それで・・・いらないって結論づけた。」
「え?」
「だとしたら?」
「・・・。」
いらないって思うほどの経験をしたことがあるということ?もう手にしたくないと思うほどの?
それはきっと悲しくてつらい経験だ、それしか考えられない。
「人はね、男だろうが女だろうが誰かを好きになってしまう。自分が条件づけた「タイプ」に限らず、いつの間にかね。たとえ上手くいっても二人が一緒にいるために、心配りや努力が必要だ。かえって片思いの時のほうが自分の妄想だけですむから気楽かもしれないね。」
耳が・・・痛い。
マスターは俺の表情から何かを読み取っただろうか。わかりやすいとよく言われるからきっとバレている。でもマスターは何も言わなかった。
「マスターの言う通りですね。俺・・・せっかく両想いになったのに怖くなって、あるじゃないですか、こんなこと言ったら嫌われないかな。こんな男だったのかってガッカリされないかなって。何をするにも何を言うにも考えすぎちゃって。「俺と一緒にいて楽しくない?」って聞かれて・・・。」
「わかった!それで高見君「うん。」って言ったんだね。」
「・・・なんでわかる・・のかな。」
「「うん。」の後、どうして楽しくないのか理由を説明すればよかったのに。正直にね。」
「まあ・・そうなんですけど。もうこれで終わりだ!ど思うと顔も合わせられなくなって。向こうも気を遣ったんでしょうね。そんなことをしていたら彼の転勤が決まって。「それじゃあね。」って言われて終了です。」
「それで今も一人なの?」
「え?」
「心のどこかで待ってるのかなって。」
待っている・・・のかな。でも本当に好きだった。初めて好きになった人に好きって言ってもらえた。大事にしたい、この関係を続けていこうと頑張りすぎて息ができなくなった。嫌いになった、他に好きな人が出来た、そんな理由ではないから、心に引っ掛っているのかな。
マスターは新しいグラスにビールを注いでくれた。
「どうぞ、甘えられたから奢っちゃうよ。」
「マスタアァァ。」
いつものようにスツールに腰を掛けて何かを思い出すように床に視線を向けた。そして口の端がキュっと上がる。
「けっこう長い片思いをしていたんだ、俺。それでようやく想いが通じて一緒にいる。でも相手が明後日の方向に一人でいっちゃったり、浮かれたり落ち込んだりするわけ。」
マスターの秘密の相手。客は好き勝手なことを言っているけど、かわいい系の「キイ」っていう男が最近の説。実はバイだと言うヤツもいる。パトロンがいてこの店を貰ったってマスターから聞いたと言い張る客もいて、どれが本当なのか誰も知らない。マスターはどれも否定しない、勿論肯定もしないから、結局謎のままだ。
「そういえばこれ、覚えている?」
マスターはスマホを何度かタップしてから、俺が見やすいように渡してくれた。そこに映っているのは誰かの誕生日だったとある夜の風景。カウンターの前に皆並んで写真に納まった。
『毎年誕生日は写真を撮るんだ。今年は一人だからここで写すよ。』
そうか、今までは祝ってくれる特別な誰かがいたんだ。それは誰も口にせず、笑顔をレンズに向けた。
「これがどうかしました?」
「コースターが映っているでしょ、写真に。」
人と人の間、カウンターに並んでいるコースターがある。
「ありますね。」
「この写真をたまたま見た人が、コースターで店の名前を知った。」
「・・・それで?」
「一度覗いてみようと来てくれたんだ。その時にね、帰る高見君を偶然見た。」
「俺を?」
「それで、これを預かった。」
マスターは名刺フォルダーをカウンターの上に置き、ページをめくる。目当ての名刺を抜き取り僕の前に置いた。
「え・・・。」
「帰って来たんだって、札幌に。」
懐かしい・・・名前。
「仕事が終わったら今日来ますって言って帰っていったよ。閉店時間までずっといたけど高見君はこなかったからね、昨日。」
「マ・・・スター。」
「僕の奢りなんだから、そのビール残さず飲む事。でもイッキは禁止、体に悪いから。」
マスター・・・それでビールを。
指先で触れた固い紙、こんなに小さいのにものすごく重そうな白い紙。
「高見君だって大人になった。そしてこの人もね。あの頃の気持ちを言えそうじゃない?「あの頃の俺は・・・」ってね。今の自分ではないかつての自分。今の高見君はこれから知ってもらえばいい。大事にしすぎて手放してしまったことを正直に言ったらいい。」
話せるだろうか・・・。
「大丈夫、今の高見君なら、大丈夫。」
マスターの優しい顔が背中を押す。
「生きていれば誰だって過去に落とし物をする。そしてその中の幾つかが「後悔」になる。後悔は厄介で振り切るのが難しい。だから解消できそうな時は絶対逃さない方がいいと思う。高見君のこれからは決まっていないけれど、ひとつ落とし物が自分の所に戻ってくるなら受け取ったほうがいい。
あ、いらっしゃいませ。」
俺の心臓がドクンと跳ねた。カウンターの上にある名刺を触ってみる。これはただの紙・・・でも忘れ物の証。
「隣・・・いいかな。」
懐かしい声・・・忘れていない声。
カウンターの向こうでマスターは微笑んでいた。軽く頷いてくれたから頑張れそうな気がしてきた。
「ひ・・・さしぶり。」
俺の声を覚えてくれている?
まずはそれを聞いてみよう。そして今の俺と、かつての自分の事を話す。ゆっくり、少しずつ。
夜は始まったばかりだ。
ゆっくり・・・少しずつ
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