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メロメロ
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ターコイズさんリクエスト。
章吾さんのテイクアウトです!
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〈1〉
19:00
普段ならまだオフィスにいる時間だったが今日は切り上げた。「毎日毎日仕事をしているのに、どうしてなくならないの?」は直美の口癖だが同感だ。減らしただけ増えるし、時には増えるスピードの方が早い事もある。自分の時間を削ってまで会社に仕える気はない。自分なりの納得が欲しいから仕事に取り組んでいる。今日は頑張ったと言えるラインが見えたから今日はもういい、それで部下を残し先に退社した。明日という日もあるー明日また頑張ればいい。
地下鉄を目指していると電話が鳴った。まさか戻ってこいという連絡じゃないだろうな。
ディスプレイには「直美」
この時間に掛かってくるのは「いい」電話、あとは反対の「悪い」話。
いい場合は「早く上がれそうだから、どこかで食事していかない?」(結局SABUROに行くことになる。)
悪い場合は「最終の飛行機に乗れないから今日は帰れないわ。」「ごめん、まだ上がれない。」
さて、今日はどちらかな。
「お疲れ。そっちはどう?」
『正木に任せるレベルにするにはあと30分くらいかかるかな。21:00台の飛行機に乗れるかギリギリのところ。』
「21:00か。家に着いたら日付が変わるな。それなら泊ったほうが楽じゃないか?」
『明日は10:00から会議があるから朝戻りはきついのよね。』
「10:00か・・・それは無理だな。」
『章吾は出先?今外にいるのね。』
「今日はもう上がった。」
『ええ~そうなの?いいなあ。実巳くんの所に行けばいいじゃない。たまには一人で食事を楽しめば?』
家でひとり、テレビに向かって食べる食事は味気ない。アツアツの料理を思い浮かべたらとてもいい提案に思えた。たまには一人もいいか、楽しめるかどうかは別だが。
「そうだな。近いうちに一緒に行こう。」
『それを聞いたらもうひと踏ん張りできそうな気がしてきた。』
「頑張れよ、家で待っているから。」
『・・・うん。』
切れた電話をポケットに戻す。ちょっとした言葉で照れる直美は可愛いと思う。サバサバした性格だと人は言うが俺にとっては女らしい女性だ。可愛くもあり綺麗で魅力がある。今度直接言ってみようか、真っ赤になるだろうな。それを想像したら頬が緩んだ。
<2>
「いらっしゃいませ。待ち合わせですか?」
「ハル君、残念ながら俺一人。」
「カウンターでもよろしいですか?」
「いいよ、端っこで充分。」
19:00を回ったSABUROは活気に満ちていた。給料日前の10日から20日の時期は客足が鈍ると、どこかの店主が言っていたがSABUROは無縁らしい。
カウンターの椅子を引くとカウンターに座る女性客からの視線。良くも悪くもこの手の視線は居心地が悪い。幾つになっても慣れないものだ。値踏みに似た視線、そしてその真意を隠すような曖昧な微笑み。
直美ならじっと見つめてニッコリするだろう。最初のきっかけはカフェだった。コーヒーで気分転換しようと入った店は満席。仕方がない、他を探すかと諦めた時に視線を感じた。ドアに一番近いテーブルに座った直美が俺をじっとみたあと笑顔で立ち上がった。
「ここ、どうぞ。私はもう戻らないといけないので。」
彼女の手には電話があり、着ているスーツから会社勤めと分かった。濃紺の色が深いスーツ。ジャケットの衿には同色のステッチが施されており、着心地のよさそうな柔らかいシルエット。ウエストが低めの仕立てになっているパンツは程よくフィットしていた。鮮やかなブルーの細いベルトが効果的なアクセントになっている。白いカットソー、シンプルなシルバーの細いネックレスが女性らしさを演出していた。黒いパンプスはヒールの内側だけが鮮やかなブルー。シンプルだから余計に目を惹く色のテクニックの数々。
テーブルに向かった俺に「クルミとペカンナッツのタルトがおすすめですよ。」と言い残し会計を済ませ出て行った。
その日、引き留めるべきだったと後悔しても後の祭り。しょうがないので同じような時間に抜ける事が出来る日はそのカフェに通った。ようやく再会できたのは2ケ月後。その時間と自分の頑張りを無駄にしないために「あなたを待っていました。」と告げた。それもいきなり。びっくりした顔をしたあと笑う直美の顔だけで充分だった。最初逢ったあの日からこの女性の笑顔を待ち望んでいた自分。気持ちはとっくに固まっていた。
「あれ?章吾さんすずさんは?」
「残念ながらまだ東京でね。帰ってくるのは夜中になりそうだよ。家でひとりぼっちの食事は味気ないからね。」
「あららら~。今度はお二人で来てくださいね。」
「俺もそうしたいよ。」
実巳君の声はいつもより大きい。なるほど、この先の面倒を回避してくれたというわけか。カウンターの女性からの視線はすでに厨房に戻っている。切り替えの素早さ、真似はできそうにない。
あれこれ食べたい気持ちはあるが、一人で欲張れば食べすぎるだけだ。デキャンタのワインとパスタをオーダーした。
俺と直美の料理の腕は自慢できるレベルではないが、困る程でもない。そこそこ美味しいものが作れる。カウンターの席は厨房の動きがよく見える。俺ができる同時進行はパスタを茹でながらソースを作ることぐらいだ。実巳君と飯塚君は3つ以上のことを同時にしているように見える。さすがプロは違う。
湯気がもくもく上がっているパスタを茹でる鍋、フライパンのソース。別のフライパンでチキンを焼き、その隣ではアヒージョが完成間近。黒い鉄鍋で揚げ物をしているらしい。ピチパチという音がいい。
それらの面倒を見ながら、サラダが作られ、前菜の盛り合わせがあっというまに皿を飾る。
「あがったよ!」
出来上がった皿はホールスタッフの手によりテーブルに運ばれる。冷たいものは冷たく、温かいものは熱いうちに。出来上がった皿が運ばれるのを待つなんてことはない。
料理のいい匂いを纏った実巳君が白い小さなボウルを俺の前にコトリと置いた。乱切りにカットされたジャガイモと厚切りのベーコンが盛り付けられている。
「から酒はよくないですからね。」
「あれだけの鍋の面倒見ながら俺まで?すごいね。」
「油と相性抜群のトヨシロっていうじゃが芋です。素揚げしたあとベーコンと組み合わせて黒コショウ炒めにしました。パスタまもなくあがりますから。」
「ありがとう、頂くよ。」
いつもどおりのさり気ない気遣い。いつも何かしら気を配ってくれるから特別待遇の気分が味わえる。これも学生の頃から通い続けている直美のおかげだろう。
じゃが芋にはベーコンの旨味が移っていてコクがある。そして黒コショウがピリっと効いていた。素揚げしたあと炒めた・・・だったか。家でこれを作るとなると、まずジャガイモを揚げるところから始めなくてはいけない。揚げ物は滅多にしないから、積極的に作る気になれないな。電子レンジか茹でて火を通したジャガイモをベーコンと炒めて塩コショウ・・・たぶん、この味にはならないだろう。作り方を聞いて真似をしても同じ味になったためしがない。省略したり材料を代用することで本物から遠ざかってしまう。
結論は「店で食べるのが一番。」
自宅で料理をして食べるのは楽しいが、それとは違う魅力が外での食事にはある。
・・・この料理つまみに最高だ。
「おまちどうさまで~す。野菜たっぷりのトマトソースパスタです。」
「きれいだね。」
「彩がいいってことはバランス最高の意味ですからね。ズッキーニ、パプリカ、茄子、ガルバンゾ、玉ねぎ、ヤングコーンとスナックエンドウ、アスパラです。」
「聞いているだけで美味しいのがわかるよ。」
「ソースで煮込んだ野菜とソテーしたものを合わせているので食感も楽しめますよ。ではごゆっくり。」
実巳君は颯爽と鍋の元に戻り、素早く手を動かし始めた。
目の前には湯気をたてているアツアツの皿。彩り豊かで栄養満点。自分で作るとしたら野菜の材料費だけでパスタの価格を超えてしまうだろう。材料の品目が多い料理は外で食べるほうが安上がりだ。
ソースに染み出した野菜の旨味。トロトロの茄子とズッキーニ。シャキシャキのアスパラとエンドウ。ほっくりしたガルバンゾ。
予想以上に美味しい料理を味わいながら考えるのは直美のことだ。もう羽田に向かっただろうか。
最終便は21:50。それに乗ったら札幌に着く頃には地下鉄がないから1本でも2本でも早い便に乗れるといいのだが。
たまには一人の食事を楽しんでよと言われても、ズルをして美味しい物を食べている気分になる。
空になった皿は実巳君によって下げられた。忙しいのによく見ているなとまた感心。
「実巳君、悪いんだけど。」
「追加ですか?」
「手が空いたら、なにか作ってくれないかな。」
「すずさんにお土産ですね。」
「一人で食べていると悪い気がしてね。」
「帰ってくるのは夜中でしたっけ。」
実巳君は冷蔵庫をあけるとステンレスのタッパーを取り出した。蓋を開けると真っ白でフワフワした料理が入っている。
「これなら消化にいいし、もたれないと思います。」
「それ何?」
「きたあかりのマッシュポテトです。」
「前に作ってみたけどね、ホテトサラダの親戚みたいなものが出来上がったよ。それ絶対フワフワだよね。」
「ええ、フワフワでモフモフ。芋はきたあかりか男爵がいいですよ。ゆでるときに必ず塩をいれてください。ゆであがったら粉ふき芋の要領で水分を充分とばしてからマッシュ。ポテトに味をいれたいので、牛乳とバターは温めたものを使います。あとは塩と胡椒をお好みで。」
「温めるのか・・・冷たいまま牛乳を入れたな。」
「熱いうちに温かいものを混ぜるとフワフワで滑らかになる、ちょっとした手間とコツかな。」
その一手間を端折ってしまうんだよ、素人は。
「実巳君、保冷剤あるかな?」
「ありますけど、冷蔵庫壊れてるとか?」
「いや、このまま千歳に迎えにいくよ。JRにのれば30分ちょっとだしね。」
ニンマリ顔の実巳君。
「どうりですずさんがメロメロなわけだ。」
「魅力的な女性はメロメロにしておかないと心配だからね。」
「うわ~大人の惚気だ!」
「大人をからかうなよ。実巳君も順調?」
実巳君は俺の後ろに視線を合わせた後ニッコリして言った。
「ええ、至って順調。問題なしです。ハル~省吾さんお持ち帰り、包んでくれるか?」
わかりましたの声が俺の後ろから聞こえた・・・まさかな。俺のお持ち帰りを頼むためにハル君に視線を合わせただけだろう。メールの着信音が鳴ったおかげで、それ以上考えずに済んだ。
メールは直美。
『21:00に乗れそう。飛行機の中でお弁当でも食べるわ。ワインを一杯だけつきあってくれる?』
『了解。家でおとなしく待っているよ。』と返信した。おとなしく待ってはいないけれど、今回の嘘は見逃してくれるだろう。びっくりした顔を久しぶりにみられるかもしれない。到着ロビーで俺をみつけて驚く直美・・・2ケ月粘ったあの日のように、驚いた後に素敵な笑顔をくれるだろうか。
メロメロなのは・・・俺のほうだな。
END
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