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希望
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「朝からテンション下がっちゃって。」
「キイちゃん、それは贅沢っていうものだよ?」
「そうなのかな~僕には贅沢には思えないけど。」
今日は夜のシフトが入っていなかったので、いつものように「bright」で暇を潰している。大学が終わったらバイト、バイトがなければここ。コンビニの廃棄弁当で晩御飯をすませる毎日。体によくないのはわかっているけれど、自分で作るスキルがない。こんなことなら母さんにもう少し教えてもらうべきだった。簡単な炒め物、麺類。ルーのおかげで失敗がないカレーとシチュー。大学が休みの日はそんなレパートリーを回転させる。でも学期が始まると、台所に立つ時間はぐっと減ってしまう。時々母さんが僕の留守中にやってきて冷凍庫に何かしら入れてくれるのが有難い。小さい冷蔵庫だから入る量が限られているせいですぐ無くなってしまう、いつも。自分の部屋に誰かを呼ぶことはないから、面白みのない部屋でしかない。僕の生活はシンプルすぎて素っ気無く退屈だ。
いつものようにマスターに話し相手になってもらってチビチビとビールを飲む時間。今晩の議題は朝にかかってきた母親からの電話だ。「大丈夫?困ったことはない?食べたい物ある?」この3つは毎回絶対聞かれる。「うん、大丈夫。」「困ったことがあったら僕から電話するよ、だからない。」「食べたい物?すぐには思いつかないな。」これを返す僕。会話は弾むことがないまま終了。そして自分が親不孝な息子に思えて嫌になる。それが苛立ちに変わって、そんなしょっちゅう電話してこなくてもいいのに、それも朝から。そう考えてしまうことで落ち込む。マスターが言うにはそれは贅沢なことらしい。
「なにしょぼくれてんだよ。」
隣に座ったのはギイさん。スーツを着ているのにいつもどおり胡散臭い。でも、格好良くもあるから、時々不思議すぎておかしくなる。格好いい胡散臭さって、猛烈な矛盾だ。
「マスター、キイに一杯やって。」
「ギイさん、いつもありがとう。」
「今晩奢るぜって言わないあたりが小さいだろ、俺。」
「毎回ですから月にすれば結構な金額です。」
「トータルすればな。俺は逃げた魚に餌はやれない。投資するなら釣れるほうがいいだろ?」
ギイさんと過ごせば楽しい夜になるだろう。これだけ遊び倒していれば経験値は高いだろうから、痛い事はないと思う。でもこの人と寝ることはできない、何故かそう思う。
「キイちゃんはお母さんからの電話が苦手みたいだよ。」
「へえ~母親から電話か、いつ来たか思い出せないくらいだし、俺も掛けていないな。」
「ギイさん、家族に連絡していない?」
「あ~まあ、なんで結婚しないのか、見合がどうしたとか煩くてな。結婚するなら遊び倒す人生の方がマシだって言って親と喧嘩になって。それ以来疎遠な関係デス。」
僕は喧嘩をしたわけではない。ただ申し訳ないということ、家族の中で僕だけが違うという現実が重い。
「マスターは?」
「俺の所は・・・表面上は穏やかだよ。あくまでも表面上。ここがどういう店かご丁寧に親に教えた人間がいてね。親なりに察したってところかな。彼女は?結婚は?っていっさい聞かれなくなった。たまに電話するくらいがいい。盆には供物、彼岸に花を贈るから、そのお礼に電話が来て少し話す。」
「そうですか。」
「だからね、キイちゃんの所はゲイだってカミングアウトしたのに家族関係を保っている稀なケースなんだよ。だから贅沢だって言うの。」
「カミングアウトじゃないですよ。成り行きです。」
「あ~そうだったね。」
マスターとギイさんは踏み込んだ質問を一切しない。その距離感が居心地の良さに繋がっている。学校でもバイト先でも、色々聞かれたくないから薄い交友関係しかない。表面上は友達だけど、卒業すれば疎遠になってしまう類の関係だ。自衛策みたいな僕のやり方は、あまりいいものではないと理解しているけれど、後々の面倒を避けたい。合コンに呼ばれる、誰かを紹介される、そういうのは面倒でしかない。恋バナ?本当のことを言ったら翌日から誰も僕に話かけないだろう。
「キイ、今はアレでも、きっとそのうちどうにかなる。キイみたいな素直な子供の親はきっといい人間なんだろうな。キイもこれから大人になるし、親や弟だって歳をとる。それって時間が経過するってことだろ?時間が解決するっていうのは、本当だからな。」
「時間が癒すっていうアレですか?ギイさんそんなツライ経験あるってこと?」
「馬鹿にするなよ、これでも一つの関係が終われば悲しくなる。ついでに言えばキイが俺を振った時だって悲しかったぜ?」
「・・・嘘臭いですね、それ。」
ギイさんはワッハッハと笑いながらビールを飲んだ。マスターが小さな声で「時間か・・・。」と呟く。マスターも時間の癒しが必要な物を抱えているのだろうか。
そうだよね、何も持っていない人間なんていない。生きていれば何かしらの躓きがある。乗り越えられない事柄を沢山引きずって毎日を送る。こんなネガティブでこの先どうするんだろうか。
僕に幸せな時間はやってくるのかな・・・それとも癒してくれと時間にお願いするばかりになるのかな。
<2>
あ、今日は寄ってくれないのか。
最近気になるお客さん。週に1度必ず土曜日にコンビニの前を通る。午後にコンビニの前を通り、夜には帰っていく。そして時々買い物をする。明るいうちに寄る時はクランキーチョコ、夜は飲み物が多い。
僕よりいくつくらい年上だろう、4つ?5つ?
いつもこざっぱりしたカジュアルな服装、そして柔らかい雰囲気に釣られてついつい見てしまう。きっと優しい人だ、そして動き方がいい。とてもスムーズで無駄がない。サラリーマンなのかな?スーツ姿はみたことがない。時々一緒に来る男の人は、なかなかの男前さん。夜買い物にくることが多いのはこっちの人だ。僕が思うに、男前さんがこの近くに住んでいて、あの人は遊びにきているんだ、毎週土曜日に。仲がよさそうで仕事の話をしているから同じ職場の同僚だろう。カップルだったらいいなと最初期待した。僕は一生幸せになれないだろうという考えに囚われている。幸せになれるはずがないという思いは結構根深い・・・たぶん先輩との事があんな結果になったからだ。次も、その次も同じような結末になるんじゃないか?何度も繰り返してすっかり疲れてしまい一人でいるほうが楽だと結論づける。誰も好きにならず、誰にも想ってもらえない、そんな人生しかないという悲しい予感。
だから目の前で幸せだってオーラをだしている同性のカップルを見たかった。場当たり的な時間を沢山すごしているギイさんや他の客みたいな人達ではなく、ちゃんと想い合っている恋人同士。
それが存在するって実感できたなら僕の予感は覆る、そんな気がしたから。
でもあの二人は違う。距離感は友人同士のものだった。ちょっと残念・・・あくまでも僕の都合なんだけどね。
<3>
僕が話せるのは「いらっしゃいませ。」「108円になります。」「50円のお返しです。」そんな業務的な単語ばかり。直接話ができないかわりに、二人の会話に意識を向けると、色々な情報が得られた。
男前さんはイイヅカさん、優しい人はタケモトさん。
イイヅカさんは料理上手。
二人は同じ会社で営業をしている。
土曜日はイイヅカさんの手料理を食べる。
タケモトさんは彼女と3ケ月しか続かない。(予想通りのノンケさん)
イイヅカさんは本好き。
タケモトさんは本を読まない。
二人の間に漂う空気がいい感じで、つい微笑んでしまう。こんなに誰かを気に掛けるなんて久しぶりのことだ。タケモトさんの持つ雰囲気が好き。きっと優しい人で仕事もできるのだろう。周りにいる大学生と比較するととても大人に感じるし、見ていると安心する。
どうしてこんな人なのに彼女と長続きしないのか不思議だ。僕だったら?もちろん張り切ってタケモトさんを楽しませようと頑張る。
でもそんな妄想は虚しいばかりだ。だってあきらかにタケモトさんはイイヅカさんの事が好きだ。たぶんイイヅカさんも。12月はタケモトさんが姿を見せず心配した。また彼女ができたのだろうか。それとも忙しいだけなのか。まさか・・・喧嘩した?
年が明けると僕の心配は解消された。またタケモトさんとイイヅカさんの姿をみることができたから。
でも・・・タケモトさんの様子は明らかに沈んでいるし元気がない。
土曜日の夜、外にあるゴミ箱の整理をしている時に二人が歩いてきた。
「じゃあな。」
「旨かったよ、ありがとう。また月曜日。」
今日は買い物しないんだな。そんなことを考えながらゴミをまとめて振り向いた時、僕は見てしまった。
小さくなっていくイイヅカさんの背中を見詰めるタケモトさんの姿を。浮かんだ表情は悲しそう、そして苦しそう・・・悩んでいる。僕の心臓がキュウと鳴った。タケモトさん、わかっちゃったんだね。イイヅカさんへの気持ちが恋だってこと。そして悩んでいるだね、同姓を好きになってしまった自分の心を。
だって僕が女性を好きになるのと同じってことだ。それは絶対悩むだろう。一時的な物なのか、本気の恋なのか見極められずジタバタするはずだ。未経験の状態って制御不能だし、先が見えない。
諦める?諦められない。好きな人ができてしまわないか、もしくはもういるのかもしれない。
逢いたいけど、同じくらい逢いたくなくて・・・でも顔を見たい。
手に取るようにわかるタケモトさんの気持ち。親しかったら、大丈夫って抱きしめてあげたい。でも僕はコンビニの店員でしかなく・・・友達でもない。
どうしたらこの人を笑顔にできるだろうか、どうしたらその苦しみを軽くしてあげられるだろうか。
イイヅカさんにしかできない事だってわかっている。でも僕はどうしてもタケモトさんに寄り添いたかった。
これは恋?
恋とは少し違う。でも僕はタケモトさんが好きだ。大丈夫だよって抱きしめたいくらいには。
いずれにしてもこの気持ちを育てても結果は見えている。
同性同士だって恋愛はできる。そういう人間はちゃんと存在している。タケモトさんだけが違うわけではないんだよ。それを言ってあげるにはどうしたらいいのかな。
「あ・・・クランキー。」
そうか、そうだね。同性にしか恋愛感情を持てない僕を目の前にしたら、きっとタケモトさんの心は少し軽くなる。悩んだって答えがでないことですよって言ってあげられる。大丈夫です、イイヅカさんを好きなままで大丈夫って言える。
そうだよ、そうすればいい。
物事のすべてを、人の心や行為を斜から見ることしかできない僕に生まれた希望。それは二人が仲良くしている姿だった。少しずつ距離を縮めている二人の心。
幸せになったら、幸せな姿を見ることができたら僕は信じられる。誰かを想い、誰かに想われる、そんな未来を。
バレンタインは土曜日。その日に行動をおこすことにしよう。
好きな人が幸せになるための第一歩、僕がタケモトさんの背中を押す。
「ふうう・・・・。」
漏れたため息は白い靄になって消えていった。
これはきっかけだ、僕にとって大事な・・・切っ掛け。そしてイイヅカさんとタケモトさんは僕の大事な人になる、確信にも似た予感。
絶対に手放さない、そのために必要なのは聞き耳を立てることではない。もう行動を起こすべきだ。
そう決めたら心が楽になった。
僕は変わる・・・変わることができる。
・・・・・・・・・・・・
yonさんからのリクエスト。マスターのお店に通っていた頃のハル、コンビニでモンキーバーナードを観察してた頃、そしチョコを渡そうとしたのは何故なのかな?
実はハルが理への気持ちをあっさり振り切ったことが不思議だったのです。チョコを渡すくらいなのに、普通の仲良しさんの立ち位置に収まって、悲しみとは無縁だった。
ハルの過去となると、ちょっと暗めなんですよね。考え方も、自分に自身を持っていない所も、そして未来がないと諦めているところも。
それであまり触れずにきたのですが、今回リクエストを頂き書いてみると「あ~こういうことだったのか!」とスッキリしました。
チョコを渡した翌日、コンビニに断りにやってきた理に見せる涙。あれは失恋の涙ではなかった。
自分の中に生まれた希望、変われるかもしれない予感、それが形になった―理と言葉を交わして。
そして今ハルは想い、想われる日々を送っています。
よかったね・・・って心から思いました。
マスター、もう少し頑張ったら、あなたの心も軽くなりますよ。
yonさん、素敵なリクエストありがとうございました!
せい
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