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匠 (匠視点) 1
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「うっ、寒い・・・」
きゅっと身体を縮こませて上原が両手でコートの襟を引き寄せた。
仕草が可愛くてふと顔が緩むのが解る。千歳空港からタクシーで上原の宿泊する予定のホテルまで直接移動しチェックインした。
俺のリフレッシュ休暇中にちょうど上原の出張が重なった。上原は市内のホテルに今日の夜から金曜日の夕方まで滞在することになっている。会議室を備えたホテルなので空港から直接タクシーで乗り付け、そのままそこに缶詰めの予定だ。
俺は近くの少しだけ贅沢なホテルで明日まで上原の帰りを待つことにしてある。
同じホテルに滞在しても良かったのだが、仕事とプライベートを分けられないようなら社会人としては失格だ。
というより同じホテルに宿泊したら仕事で来ている上原の邪魔になることしかできない。
金曜日の夜から日曜日までを二人で過ごすためのホテルに俺が一日早くチェックインして仔犬の帰りをのんびりと待つだけのことだ。
何もせずゆっくりと好きな本を読み時間を過ごす。本当の意味でのリフレッシュ休暇だ。
金曜日の夜に来ればいいのでは?と、少し困った顔をして抗議する仔犬に無理やりついて来たのは俺。
飛行機での移動中、万が一にも隣りの席に座った誰かの手を握ってしまうと想像しただけで頭が痛くなる。
同じ飛行機に乗るのはもう使命のような気しかしなかった。
「過保護ですから、本当に」
そういって笑う上原は、困っているというより嬉しそうだった。俺の自惚れではないはず。
そして今、二人で市内を少し歩こうとホテルを出たところだ。関東でも珍しく11月に雪の降ったその日、北海道は綺麗な真綿色になっていた。
降りしきる綺麗な白い粉雪を外に見て、上原は嬉しそうに上を向いたまま一歩を踏み出した。その時、するっと滑って大きくバランスを崩した。
「あっ・・・」
俺が叫ぶのとほぼ同時に、転倒しそうになった俺の仔犬はたくましい腕に抱きとめられていた。
「す、すみません」
真っ赤になって、慌てて体制を戻そうとした上原はまた滑りそうになる。無言で上原拾い上げてくれた男性はサラリーマンにしては髪が短くすっきりと整えられている。
「落ち着いて、大丈夫だから」
そう声をかけてきたのは、その男前の隣に立っていた笑顔の綺麗なもう一人の男性だった。
「申し訳ありません。上原、お前もお礼を」
「ありがとうございました」
仔犬がぴょこんと勢いよく頭を下げる。ああ、いまだに焦るとこいつは子供のようだ。
「いいえ、大丈夫ですか?ご出張でこちらへ?」
俺たちの出てきたホテルをいちらりと見てそう聞いてきたその男性は、サラリーマンのようにも見えるし、そうでないようにも見える。
「ええ、北海道は初めてです」
「靴、その靴じゃ危ないな」
ぼそっと呟くように上原を抱き留めてくれた男性が言った。
「ああ、そうだ。そこのデパートに靴修理の店がテナントで入ってたよね?」
そう振り返って言葉数の少ない男前のほうを振り返った。少し無骨とも思えたその男前は俺たちに見せた顔とは全く違う柔らかい表情で軽く頷いた。
あ・・・この空気感。ふと笑顔になってしまう。
「すぐそこです、確か一階にあったと思います。靴の裏張ってもらった方がいいですね。革靴じゃこの辺りは歩けません」
靴の裏・・・。確かに雨天のアスファルトでも革靴は滑る。凍った道では本当に危ないだろう。
盲点だった。防寒対策はしてきたが靴にまで頭は回らなかった。
「なるほど、助かります。気が付きませんでした。ご迷惑ついでにもう一つお伺いしてもいいですか?私たちがゆっくりと落ち着いて今晩食事をできるお店をご存知ないでしょうか」
そう聞くと、その男性は俺たちをもう一度良く眺めて「ああ」と小さい声で言った。
「そうですね。ありますよ。お二人が優しい時間を過ごせるところが」
ポケットから名刺を取り出すその仕草はサラリーマンそのものだが、どうしても会社員というには違和感がある。
「武本と申します。こちらのお店です。よろしかったらお席をお取りしておきましょうか?」
武本理と言う名前とSABUROと店名の入ったカードを受け取り改めてお礼を言う。
「ぜひお願いします。今日の夕方七時にお伺いします。田上と申します」
「田上様ですね。では、お待ち申し上げております」
そういうと二人は並んでその場を離れていった。近すぎず遠すぎない距離を並んで歩く二人を見て上原が「あの二人、素敵ですね」と、言った。
「そうだな」
そう答えると、横にいる俺のかわいい仔犬の頭をぐりぐりと撫でた。
「匠さん、やめてください。誰かに見られたら」
そういいながら嬉しそうな顔をするのは反則だからなと思った。今回の出張に無理やりついて来たことは正解だったようだ。
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