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青もみじの君-壱
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引っ越しからさらにひと月。
そろそろ梅雨明けかと思われる蒸し暑い日々が続くなか、僕の日課は風通しの良い涼しい自室で最近お気に入りの作家の小説を読むことです。
「葵、入るぞ」
「はい、どうぞ」
午後2時、昼食をとったあと、窓辺でうつらうつらとしていると、襖の向こうから鷹仁様のお声がかかりました。
窓の縁にもたれていた姿勢を正しながら返事をすると、入って来た鷹仁様に、楽にしていろ、と苦笑されてしまいました。
「すみません…。何かご用がおありでしたか?」
侍女の用意した座布団に座る鷹仁様の手には、さくらんぼの木箱。
「俺の秘書がお前にとな。佐藤錦だ」
「秘書の方…ですか?何故僕に…」
ざっと鷹仁様の周囲の方々へ記憶を巡らせてみますが、なにしろ僕の知っている方が少ないもので、鷹仁様の秘書の方がわかりません。
どうして関わりのない僕にそんな高級なさくらんぼを…?
不思議に思っていると、まぁ食ってやれと鷹仁様が1つつまんで僕の口まで運んできます。
「ん…!甘いですねぇ…美味です」
「伊達に1年もお前の好みを探っていたんじゃなさそうだな」
「え?」
1年?何のことでしょうか?
「手紙も預かっている。暇なときにでも返事をしてやってくれ」
そう仰った鷹仁様が渡してきた手紙の封筒に書いてある文字を見た僕の目はきっと、極限まで広がっていたと思います。
「--青もみじの…」
「ああ。お前の文通相手の青もみじの君だ。…本人は全くそんな柄じゃないがな。
お前に返事をするのに俺の筆跡だとバレると思って代筆を頼んでいたんだ」
「そうだったんですか」
青もみじの君からのお手紙は、今でも大切に文箱にしまってあります。
確かに以前、鷹仁様に近しいお方だと仰られていました。
「すぐにお返事いたします。その方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……青もみじの君、でいいだろう」
「そんなわけには参りませんよ、鷹仁様の秘書の方ともなれば、丁寧にお返事しなければ」
そう言えば、黙ってしまった鷹仁様。
…何でしょう。確かに鷹仁様の秘書の方ともなれば、いわば鷹仁様の右腕。僕がお名前を伺うなんておこがましかったかもしれません。
僕なんかがお名前を伺ったことが、鷹仁様の琴線に触れたのでしょうか…?
ずっと黙っている鷹仁様にそんな不安を募らせていると、漸く口を開いた鷹仁様は、ボソリとこんな言葉を落としました。
「…俺以外の名を呼ぶな」
「え?」
それ、は…?どういう意味でしょうか…。
戸惑う僕をよそに、鷹仁様は続けます。
「だから、お前は俺以外の名を呼ぶな。その…朱雀はまだしょうがないにしても、奴の名まで覚える必要はないだろうが」
「え、えと、それは、僕が不出来だから、そんな、鷹仁様の右腕のような方のお名前をお呼びするのはおこがましいと、そういう…」
「そんなわけないだろう!」
ことでしょうか、と続ける前に、なんだか怒られてしまいました。
鷹仁様が僕に向けて怒鳴る声を聞くのは初めてで、思わず驚いてしまった僕に、慌てたような声がかかります。
「ああ、違う。悪い。伝え方が悪かった。違うんだ。悪かった。
その…お前の口から他の者の名が紡がれるなど…お前が俺以外の者の名を呼ぶなど、嫉妬する、んだ」
--しっと。
鸚鵡返しのように繰り返す僕と、恥ずかしそうに頭を抱える鷹仁様。
「ああ、もう。俺は本当に、お前の前だと格好がつかない。お前にはもっと、凛々しいところだけを見せていたいのに…」
「鷹仁様」
情けないと項垂れる鷹仁様に擦り寄ると、それでもきちんと抱き寄せてくださいます。
「僕には、どんな鷹仁様も、凛々しく、格好良く見えます。それに」
鷹仁様の頬に手を添えれば、交わる視線。
「いつも隙がない鷹仁様の弱いところを、僕にだけ見せてくださるなんて、これ以上嬉しいことはありません」
そう。
この世の絶対王者である鷹仁様が、こんなに全てをさらけ出してくださる場所は、僕だけだ、と自惚れても、いいでしょうか。
「嗚呼…そうだ。お前だけだ」
そうやって照れたように笑う鷹仁様を見るのは、僕の特権です。
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