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ありがとうの日-参
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「葵、ありがとう。子どもと触れ合う機会を作ってくれて」
そんな言葉が自然と出て、葵は朱雀に向けていた愛おしげな目のままこちらを見遣った。
「いいえ、僕こそ、先ほど鷹仁様が2人の頭を撫でているのを見て、嗚呼、家族ってこういうことなんだなぁ…と実感しました。こんな幸せな時間を…ありがとうございます」
「いや、それこそ俺が言うべきことだ。お前がいなければ、朱雀や真白の頭を撫でたことがないと、知りすらしなかっただろうよ。ありがとう葵」
「鷹仁様が僕をこうしてお側においてくださるから、こんなことができたんです。本当に、ありがとうございます」
「お前こそ、お前がこうして側にいてくれなければ、家族のこんな幸せを俺は知らなかったよ。ありがとう」
「いえ、そんなっ、」
ありがとう、ありがとうございますと暫く言い合い続けた俺たちは、最終的に同時に吹き出した。
「ははっ、まぁお互いに感謝しているということで」
「ええ、もう、父の日も終わってしまいましたし。あ、もちろん父の日なんてなくても、鷹仁様は良いお父様と感謝しておりますよ」
「そんな事はないが…。もしそうなら、お前が妻として居てくれるからに他ならないだろうよ」
「ありがとうございます。
ふふ、なんだか父の日というより、ありがとうの日、みたいになってしまいましたね」
「ああ、いいじゃないか。父の日なんて限定しないで、葵にも朱雀にも真白にも、皆に感謝を伝える日だ」
「わぁ、それは良い日ですね」
「これから毎年我が家ではそうするか」
そのたった一言で、今まで笑って細められていた葵の目が大きく瞬いた。
「毎年…ですか?」
「勿論。何やら余計な心配をしているようだが、俺にはお前を捨てる予定なんてないからな。嫌でも毎年付き合ってもらうぞ」
見なくてもわかるほどに大きく、葵が息を飲んだ。
「起きて…いらっしゃったのですか?」
「お前が起きたのに俺が起きない訳がないだろう」
「---っ、、幻滅なさいませんでしたか、あんな…醜い」
両の大きな瞳が揺れ、怯えの色が浮かぶ。
そんな姿すら愛おしいと思う俺はおかしいだろうか。
子供たちを起こさないようそっと布団を抜け出し、葵の背後に腰を下ろした。
「葵、何をそんなに恐れる?」
その華奢な細い身体に腕を回して軽く抱き寄せると、こちらをふり向くことはせず俺の腕に手を添えて身を預けてきた。
そしてそのまま、口を開く。
「打ち明けるなら…総てです。---この幸せの何もかもが、僕には怖い…。
…なんだか夢とは思えない夢を--、ここに住むようになってから、見るんです。
庭の見える部屋で、隣に鷹仁様がいらっしゃって、庭では朱雀様と真白様がはしゃいでいる。僕はそれを眺めて、この暮らしの幸せを噛み締めているんです。ここで終わればいいのに、絶対にそうはいかない。
必ず誰かが後ろから僕の肩を叩いてくるんです。振り返ると美しい女性が立っていて、こう言うんです。
『貴方はもういらない。これからは私がこの場所に』」
葵を抱く腕の力が知らずのうちに強くなっていたのが、自分でもわかる。
「そんな事、起こり得ない。起こさない」
「---そうあって、ほしいですけれど」
「希望ではなく、事実だ」
「--以前は、鷹仁様には相応しい方がいらっしゃるから、その時が来たら綺麗に身を引こうと考えていたんです。
僕の役目はただ後継となるαを産むことだけで、鷹仁様の妻になることではないと。
なのに---段々、段々欲張りになっていって…
息子を一目見たいというだけだった気持ちが、いつのまにか成長を見届けたいと思うようになって
鷹仁様とまたお話ししたいというだけだった気持ちが、いつのまにかもう二度と離れたくないと思うようになって…
誰かに渡すなんて考えられない…嫌だ、僕のものだなんて…
こんな感情、あの離れにいた頃は知りませんでした。
鷹仁様には、こんな醜い僕を知って欲しくなかったんです。
この幸せを失うことも、鷹仁様に幻滅されることも、僕には怖い---」
俺の腕に強く縋り付き顔を隠す葵からぼたぼたと落ちる、大粒の涙が着物を濡らす。
その姿を見て俺は、何よりも大切にすると誓った愛する者がこんなにも苦しんでいたことに気付かなかった自分に怒りを覚えると共に、その者がこんなにも自分のことを想ってくれていることに喜びも感じた。
感情の溢れるがままに葵の向きを変え正面に向き合うように膝に座らせた。
兎のように泣き腫らした目と己の目をしっかりと合わせ、教え込む。何度でも何度でも、この愛しい者が納得するまで、それを覚えるまで。
「俺はお前以外誰も娶るつもりもないし、お前を捨てることもない。
お前は自分が俺に縋るのを醜いと言うが、俺にはそれが可愛くて堪らないし、それが醜いと言うのなら、その醜さすら俺には愛おしい。
お前と出会えたことは俺の人生で最大の歓びだ。
この幸運を、俺から手放すことなど有り得ない。そちらから離れようとしたら、その手を絡め取ってその足を縛り付けて、二度とそんなことを考えないようにしてやろう」
堰を切ったように溢れ出し未だ涙の止まらない大きな瞳が揺れ、細い腕が俺に巻き付いた。
「そんなことを言ってしまっていいのですか…?もう、僕はもう鷹仁様を離せません…離れられません…」
「それでいいんだ。離さないから--離れるな」
「っ、はい---はい…鷹仁様、鷹仁様…ずっとお側に…」
ずっと側に。永遠の眠りが2人を分かつまで。
いや---。
「来世でも--そのまた来世でも、見つけ出してみせる。お前を」
この魂の片割れを、離しはしない。
ありがとうの日-完-
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