アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
愛しい番よ幸せに-陸
-
そして、ついに。
葵を迎えに行ける目処がついた。
この半年、目が回るような忙しさだった。
最近ではろくに眠れてすらいない。
だが、そのおかげで、ついに葵を迎え入れることができる。
激務の合間を縫って、ようやく何行かの手紙を書くことができた。
俺は元気だ、息子は悪戯をしてよく叱られているぞ。息子のΩは息子よりも2歳年上で、とても優しい子だ。
だから何も心配することはないんだと、もうすぐ迎えに行くから、安心しろと思いを込めて。
最後の仕上げに取り掛かった。
《鷹仁様御勇健とのこと、誠に喜ばしく存じます。》
《当代のΩは若様よりもおふたつ年長でいらっしゃるのですね。大変頼もしく思います。》
《若様は腕白の盛りなのでしょうね。微笑ましい限りでございます。どうぞ過ぎた悪戯をなさることのありませぬようお導きくださいませ。》
《どんな悪戯をなさっているのか、どんなものを好み、苦手とするのか。》
《叶うことならば若様のお顔を一目拝見したいと、淺ましい願を抱くこと、どうかお許しください。》
「願っていい…願っていいんだ…お前の願なら、なんであろうとどんなことであろうと叶えてやるから…どんなことでも、願ってほしい。…もうすぐだ。待っていてくれ。葵」
漸くすべての片がついた。
五月蝿く騒ぎ立てるものはすべて黙らせた。
葵に平穏な生活をさせるため。
葵を幸せにするため。
葵と、幸せになるため。
時に残虐非道とも、鬼とも呼ばれようと。
ただ、愛する番のためならばと。
10年だ。
しきたりを破り葵と共に暮らす。
ただそれだけのことのために、10年かかった。
葵を運命の番と認識してからこれまで、たった一夜しか結ばれることのなかった運命の番と一生を共にするため。
もう決して、その震える手を離しはしない。
16という若さで息子を産んだ時、初産で息絶え絶えだった華奢な身体。
ありがとう、無理をさせてすまない、ゆっくり休んでくれ、なにか欲しいものはないか、なにか食べたいものはないか、痛くはないか、寒くはないか。
愛している。
言いたいことは、山ほどあった。伝えたい言葉があった。
何一つ、どれ一つ、許されず。
安産が多いΩには珍しく長引いた出産に立ち会い、痛みに弱い葵を励ますことなどはもちろん。
産み落としてすぐに取り上げられた息子を探す不安げな瞳と、ただ視線を交えることすらも。
ただ一言、よくやったと。
情けなどなにも感じさせないしきたり通りの言葉だけに、すべての思いを込めて。
葵の震える小さく白い手が、縋るようにこちらに伸ばされかけて。それは布団の上に力無く落とされた。
噛み締められた唇を、ほどいてやりたかった。
痛かっただろう、怖かっただろうと、抱き締めてやりたかった。
疲れただろう、ゆっくりお休みと、目を合わせてやりたかった。
何もできなくてすまないと、謝りたかった。
一秒でも、早く。
葵とまた、視線を交えるため。言葉を交わすため。
その時まで、どうか。生きていてくれ。
母のようには、ならないでくれ。
生きてさえ、いてくれれば。
必ず幸せにしてみせるから。
そう固く決意して、俺は葵に背を向けた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
40 / 47