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第15話
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最終確認を済ませ、なんとか出勤時間10分前に店へたどり着いた。
ー大丈夫、あれだけ念入りに準備したんだから。
肩の力を抜き、少し息を吐いてから扉を開こうとすると、真尋が扉を開けるより先に勢いよく扉が開き「待ってたわよっ!まーちゃん!」と死ぬんじゃないかと思うほどの腕力でいきなり抱きしめられた。
あまりの力に噎せ返っていると「きゃあああ、ごめんねえ〜〜!」とonlyの店長である、あーちゃんこと長坂曙店長が慌てて真尋の背中をさすった。
「まーちゃんがなかなかドアを開けないから、ついつい気になっちゃって〜〜」
整った眉頭を寄せながら、申し訳なさそうに、透き通った綺麗な長髪の髪をゴツゴツとした男らしい指で絡ませ、長く濃いまつげを生やした目尻を下げているこの人が、世でいう、オネエという部類なのだということは、今でも信じ難い。
口を開かなければ、その整った顔立ちと筋肉ののった、雄の身体はとても魅力的できっと女性から声をかけられることも多いはずだ。
「すみません、緊張しちゃって。」
ははは、と薄く笑いながらセットした髪が崩れない程度に頭を掻くと「やっだぁ〜、まーちゃん、かわいいんだからぁっ!」と思いっきり背中を叩かれ、激しい痛みが背中一面に広がったが、悪気は全くない様子だったので、無理やり笑みを浮かべ、当たり障りのないことを言いながら店の中へ入った。
店は入社前にも入ったことがあるが、心地の良い雰囲気があって、観葉植物や絵画が至るところに飾ってあるのも味があり、いい印象を抱いた覚えがある。
店内に流れている曲もリズミカルなものからしっとりとしたバラードものまであってバリエーションに富んでいるのもいいなと思った。
都内にはたくさんの美容院があるが、そのなかでもTOP3にランクインするほどの人気店であるのも頷ける。
「はぁ〜い!みんなぁ〜!聞いて〜、この子が新しく一緒にお仕事をする、久城真尋君よぉ〜!」
ほら、挨拶して、と先程とは打って変わった力でポンポンと肩を叩かれ、少し動揺したものの、すぐに自己紹介を始めた。
「久城真尋です、新しくお仕事させてもらうことなりました。みなさんの迷惑にならないよう、頑張るのでよろしくお願いします。」
そう言って頭を深々と下げると、「よろしくなー!」、「よろしくね〜」などと次々にそこにいた従業員が声を掛けてくれた。
よかった、いい人たちばかりで。
ホッとして胸を撫で下ろしていると「あ、いっちゃんもきたかな?」と長坂店長が真尋が来た時と同様に勢いよく外へ飛び出していった。
従業員達も、いっちゃんの噂を聞いているのだろう、「どんな子なんだろうね〜」、「かなりカット技術やばいらしいよ〜」などという声があちらこちらから聞こえてきた。
「いっちゃん、ほら、入って、やだアンタ身長いくつ?頭スレスレじゃない!男前ね〜」
長坂店長の明るい声とともに、少し体をおっていっちゃんは店の中に入ってきた。
長坂店長の後ろに立っているため顔は見えないが、チラチラと見える髪色が思わず見惚れるほどの金色で、ますますいっちゃんが気になりそっち側に目を向ける。
「はぁ〜い、みんなぁ〜、この子がまっちゃんと一緒に新しく入社した一条大雅君よぉ〜」
ーえ?今、なんて…
長坂店長が横にずれ、目に映ったその姿は、カラーリングでは表現出来ない、美しい金髪、ハッキリとした目鼻立ち、二重幅の広い切れ長のエメラルドの瞳を持ち合わせた、そう、あの頃から全く変わっていない、大雅そのものだった。
「た…いが…」
口から零れだしたその言葉は予想以上に大きく、部屋中に響き渡った。
その言葉に少し俯いていた視線をあげ、こっちを見た大雅がそのエメラルド色をした目を見開き、真尋と同じように「真尋」と呟いたのはすぐのことだった。
「あらぁ〜、二人とも知り合いなのぉ〜?なら、良かったわ、実はねこれから、みんなにバディを組んでもらってカットやカラーリングをしてもらおうと思ってね〜、やっぱ、1人1お客様って、なんとなぁく相性とかが悪いと気まずくなったりするじゃない?だからバディ制にしようと思ってるのよぉ〜、ほら、一緒に入社した縁もあるわけだし、知り合いだったんならなおさらいいじゃない〜、まっちゃんといっちゃんでバディね〜!」
頭の整理が追いつかないまま、話はどんどん進んでいき、周りの従業員達も、「じゃあ、オレ、ハルキと組むわ〜!」、「私、さやちゃんとくみたいなぁ〜」などと口々に騒ぎ始め、反論する余地はなくなってしまった。
「久、しぶりだな」
言葉を切りながら大雅にそう声をかけられ、「あぁ」と返したものの大雅の顔が見れない。
今見たら気がおかしくなりそうだ。
「これから、よろしく、な」
この差し出された手になにも意味などこもってない。
これは「仕事で付き合う上での握手」であって、「再会を喜んだ意の握手」ではないんだ。
そう言い聞かせて手を握り返した。
「よろしくな」
うまく笑えたかはわからない。
でも今、真尋にできる最大の笑顔を作ったつもりだ。
「また、会えて、ほんとによかった」
やめろ。そんなこと言わないでくれ。
聞きたきない。
そんなこと聞いたら閉じ込めてた想いが、全部、全部、溢れ出してしまう。
咄嗟に手を離し、大雅から少し距離を置いた。
「仕事、迷惑かけないから」
無理やり早口でそう言い放ち、そそくさと周りの従業員達に改めて自己紹介をしに行った。
なんで。
突き放したのは大雅だろ。
なんで、あんなこと言うんだよ、なんであんな顔…。
頭の中ではそんなことをかんがえているのに、定期文のような自己紹介はすぐに出てきた。
ノリの良い従業員達に囲まれ、なにか質問されてもすぐに答えられるのに、その質問内容は全くもって頭に入っていなかった。
こんなんじゃだめだ、今は忘れなきゃ。
唇をぎゅっと噛み締め、従業員達の話しに集中する。
意識的に聞けばさっきまで入ってこなかった内容もすんなり頭に入ってきた。
大丈夫、忘れられる、俺には阿井がいるんだから。
少し下を向いて、先程、大雅と交わした握手を忘れるかのように握っていた拳に力を込めたのだった。
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