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第18話
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自分への免罪符として掛けた阿井との電話を終えトイレから出ると、長坂店長が整った顔をオロオロとさせながら「まーちゃん〜、大丈夫ぅ〜?」と不安気に真尋の顔を覗き混んできた。
慌てて笑顔を作り「すみません、なんか緊張してきちゃって」と指で頬をかじると、それ以上は何も聞かず、「そっかぁ〜、調子悪かったらいつでも言ってねぇ」と柔らかく微笑んだ。
奥の方で作業をしていた大雅も、真尋が戻ってきたのに気付くと、何かをもってこちらにやって来た。
「あ、いっちゃん!書き終わった?」
「はい、書き終わった、んですけど…」
ネームプレートのようなものだろうか?
首に引っかけるタイプのシンプルなデザインだが各々の私服にはこれくらいが丁度いい。
二つ手に持っているあたり、片方は真尋のもののはずだが、なかなか真尋に渡したがらないうえに、長坂店長にも見せたがらない。
「いっちゃん、見せて?」
書き終わったんでしょぉ?と顔は笑っているものの、「早く見せろや」という意味を込めた目で大雅を見つめながら長坂店長は大雅が手に隠している二つのネームプレートをギチギチと引っ張っている。
が、大雅も余程隠したいんだろうか、「いや、ちょっと」とわかりやすく顔をひきつらせながら、ネームプレートから頑なに手を離さない。
バチバチと見えない火花が散らされ、破れるんじゃないかというぐらいに引き伸ばされているネームプレートを「お客様来ましたよ。」と言いながら入口を指し、プロ意識の高い二人が「いらっしゃいませ!」とそっち側に気を取られた瞬間にサッと奪い取った。
『久城 真尋』
『一条 大雅』
なんだ、別に普通じゃん。
なんであんな隠したがったんだ?
…ん?
名前の横に、小さく虫のようなものが描かれている。
いや、虫、と呼んでいいのだろうか、なんだ、これ。
「お客様なんて来てないじゃないのよ!って、ちょっと!まーちゃん、なにちゃっかり先に見ちゃってんのよぉ!アタシに見せなさいよぉ!」
アレがなんなのかわからないまま、長坂店長にネームプレートを取り上げられ、不満げな顔でぶうたれていると、入口までお客さんがいないか確認しにいった大雅が顔を真っ赤に染め、「今の、みた?!」と息を切らしながら声を荒げた。
うん、と口を開きかけたと同時にフロア全体に長坂店長の笑い声が高らかに響き渡った。
「ちょっと、いっちゃん!なんなのよこれ!!あはははははっ!アタシ宇宙人描けなんていってないわよ、アタシはまーちゃんといっちゃんの似顔絵かけって言ったのよ!」
え、あれ、俺!?
あの小さい虫が!?
「…」
前髪をぐしゃぐしゃとしながらふてくされた顔をしている大雅に「俺は虫に見えた」というと、「うるせぇよ」と笑ったものの少しバツが悪そうな顔をし、長坂店長からネームプレートを奪い返した。
「…真尋そっくりに描いたつもり、だった。でも、笑われたってことは似てねぇってことだよな。…それに真尋本人には虫とかいわれるし」
少しムスッとした顔でぼやくようにそう言うと、大雅は手に持っていたネームプレートの片方を真尋に手渡した。
虫に見えたそれをよく見ると、目、鼻、口がしっかりかかれていて一生懸命書いてくれたんだなという事が伝わる。
あぁ、そういえば中学校の時の仲のいい友達の似顔絵をかけっていう授業でも悲惨な似顔絵をかかれたっけな。
思わず思い出してクスクスと笑いながらネームプレートを見つめていると、大雅は真尋の頭を愛おしそうに優しくふわりと撫でた。
「やっと、笑った。」
心底嬉しそうに顔をほころばせながらそう言うと、「店長の似顔絵も描きました」と足早に長坂店長の方へ行ってしまった。
あー、失敗した。
恋人になる前のあの頃のような感じがして、ついあの頃と同じ感覚でいた。
先程まで阿井と話していた携帯電話をぎゅっと握りしめる。
やっぱり、早く会いたいと阿井に言おう。
ほんとうは恥ずかしいし、そんなこと言いたくない。
でも思っていれば伝わるなんてことはないのだから。
このままだと決意が揺らぐ。
最悪な結果になる。
…大雅を忘れられなくなる。
緩まっていた頬を無理矢理引き締めると、真尋は急ぎ足で長坂店長の方へと足を進めたのだった。
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