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第26話
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見慣れた景色が目の前に広がり、あぁ、戻ってきたんだな、とは実感する。
朝から新幹線を乗り継ぎ、田舎の街へ来るのは苦難だったが、着いてしまえばそれもどうでも良くなった。
今日は日帰りでこの田舎をまわるため、朝早くからの集合になり、初めに容態が回復してきているという阿井のお父さんのお見舞いに付き添ってから、阿井の家にお邪魔するはずだったのだが、家の都合でダメになってしまったらしい。そのため新しくできたという評判の良いカフェでゆったりと話す事になった。
ボーッとしていれば昨日の出来事が頭を掠め、胸がきゅう…っと締め付けられる。
今日は過呼吸になるわけには行かない。
胸に手を当て、乱れつつある呼吸をゆっくり整える。
すると、遠くの方から手を振りながら阿井がこちらにやって来た。
「真尋ー待たせたな、久しぶりっていっても最後に会ってからまだ一ヶ月もたってないけど」
阿井は軽く頭を掻くと薄い笑みを浮かべた。
…なんだろう、少し元気ない?
やっぱりお父さんの調子が良くないのだろうか。
そんな時に俺が来てしまったから…。
おそらくそんなふうに思っているのが顔に出ていたのだろう。
阿井は「何でそんな顔してんだよ」と優しく真尋の頭を撫でた。
しかし、阿井の表情はどこか沈んでいたままだった。
益々不安になり、阿井を上目で見つめると、途端にぱっと笑いながら、「病院、すぐそこなんだ、いこうぜ」と真尋の手を引いた。
「おぉ、奏汰!よく来たな!」
病室に入ると、阿井のお父さんはベッドで体を半分起こしながら、少し皺のよった目元を細め笑った。
よく見ると顔は所々阿井に似ていて、親子なんだなぁということがわかる。
俺は父さんと母さん、どちらに似ていたのだろう。
そんな話を出来るほど平穏な家庭ではなかったし、それ以前にもう2人はこの世を去ってしまった。
羨ましい。
途端に出てきた感情を胸にしまいこむ。
「よっ、父さん。すっかり元気みたいでよかったよ、今日、同級生の真尋も見舞いに来てくれたんだぜ」
阿井に紹介され、頭を下げると阿井のお父さんは「悪いねぇ、友達にまで見舞いさせて」と申しわけなさそうに頬をかじった。
「いえいえ」と真尋が答えると、阿井がゆっくりと世間話や、仕事の話をし始め、そこからは阿井、阿井のお父さん、たまに真尋が話に入るというスタイルで会話が進んでいった。
それから2時間か3時間が経ち、はなしも尽きてきた頃、阿井のお父さんが、そういえば、とふと思い出したかのようにぽつりと言うと、ニマニマと笑いながら阿井と真尋を交互に見つめた。
「色恋沙汰な話を聞いていなかったなぁ、2人は彼女いるのか?真尋君は女子から声がかかりそうな気もするが…奏汰は全くダメでね、彼女がいたことなんてあるのかってぐらい…本当に心配だよ」
最初は笑いを含め話していたが、だんだんと阿井のお父さんの声が不安混じりな声へと変わっていくのがわかった。
阿井は決してモテない訳ではない。
むしろ、持ち前の明るさと人当たりの良い性格から男女問わず好かれていたし、普通に告白だってされていたはずだ。
でも、阿井はそれをすべて押し切り、俺のそばにいて支えてくれたんだと思う。
阿井のお父さんを不安にさせてる原因は俺にある…、ともいえるだろう。
罪悪感から居心地が悪くなり、「何か飲みもの買ってきますね」と足早に病室を出た。
阿井にはお父さんも、お母さんもいて…いや、家族がいるんだ。
でも俺にはいない。
背負うものの大きさの違いと、これからどうなるんだろうという不安。
押し寄せる感情に蓋をしめ、自動販売機から出てきたお茶を三本抱えると、真尋は再び病室に戻った。
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