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第27話
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病室のドアを開け部屋に入ると、阿井は焦ったような面持ちでバッとこちらを見ると「あぁ、真尋、ありがとう」と真尋が腕に抱えていたお茶を乱暴に奪い取り、テーブルの上に置いた。
「…じゃあ、真尋も戻ってきたことだし、俺ら、もう帰るわ」
おもむろに早口でそう言うと阿井は病室の隅においてあった荷物を素早くまとめ、颯爽と病室から出て行ってしまった。
急に出て行ってしまった阿井に置いてかれてしまい、アワアワとしながらも、少し困った顔をしている阿井のお父さんに「お大事にしてください」と言って真尋も病室をあとにした。
「阿井!ちょっとまってよ!阿井ってば!」
ズンズンと歩き続ける阿井の腕を引っ張る。
何で急に出ていくんだよ、お父さんともう話さなくていいのか。
色々言いたいことが頭の中を駆け巡る。
「あぁ、ごめん真尋、もう昼過ぎだしカフェの予約間に合わなかったら困るなーって思って。」
掴んでいた手をやんわり払いながらそう言う阿井に何も言えず、そっか、とだけ返すと、真尋は阿井の後ろに続きカフェへと向かった。
しばらくして、目的地である最近の流行りを詰め込んだお洒落なカフェに辿り着くと、奥の席へと案内され、早速、俺はオムライスを、阿井はカルボナーラを頼み、注文した料理がテーブルに運ばれてきた所で阿井が沈黙を破るかのようゆっくりと口を開いた。
「…最初は、真尋が傷ついてたら、俺が守ってやりたい、真尋が幸せならそれでいい。そう思ってた。」
一呼吸置き、阿井は先程、料理と一緒に運ばれてきたまま、放置していたコーヒーをぐっとあおった。
「でも、最近になって…、それだけじゃダメなんだって、そう思うようになった…。…俺さ、母さんに真尋と付き合ってるって言ったんだ。」
周りはガヤガヤと賑わっているのに、ここだけ別次元にいるかのような静けさがふたりを包む。
「そしたら大号泣。とてもじゃないけど、真尋を受け入れられような状態じゃなかった…。それに、さっき真尋が飲み物買いに行ってる間…父さんに早く子供が見たい、いっそお見合いはどうかって話をされた。嫌だっていったら、じゃあ付き合ってる人でもいるのか、って言われて、俺…いるって言えなかった。」
苦しそうに顔を歪ませ、阿井は膝の上に置いていた両手を固く握りしめた。
「このまま俺らが付き合ってても…俺らは結婚することも出来ないし…子供を作ることも出来ない…!もしまた父さんが倒れて目を覚まさなくなったら…、俺は…真尋と付き合ってきたことを後悔する…!自分が今すっごく最低なことを言ってるのはわかってる、でも…今ならまだ…まだ間に合うんだ…!」
苦し紛れに出された声は消え失せてしまいそうなほど小さかったのに、真尋の頭の中を何回も何回も反響して止まらない。
「前にさ…夜中、真尋に電話した時…遠くの方から小さくアイツの声が聞こえたんだ。どうやってまた再会したのか知らないけど…真尋だって同じくらい…最低なことしてただろ?」
遠回しにアイツと浮気していたんだろ、と言われ、「違うっ…!あれは!」と言いかけると、「いいんだ!」と阿井は声を張り上げ、それを制止した。
「…本当は、真尋がアイツのことをまだ…想ってたこと、わかってたんだ。それも承知で真尋と付き合ったはずなのに、そんな真尋を俺はもう素直に愛せない…。もう無理だよ俺ら。」
「別れよう」
ガンッと鈍器で殴られたような痛みが身体中を駆け巡る。
それと同時に先程、阿井が楽しそうに阿井のお父さんと話している姿が頭の中に浮かんできた。
俺が阿井と付き合っているから、阿井も、阿井の家族も幸せになれない。
今までずっと、俺を支えてくれた阿井に今、俺ができること。
それは…それは…
「わかった」
「今までそばにいてくれてありがとう。阿井と一緒に過ごせて俺は本当に楽しかった。…じゃあ、元気でな」
うまく笑えてただろうか。
でも今の自分の言葉に嘘はない。
最後の最後でやっと素直になれた気がした。
オムライスの値段よりも遥かに上回る金を机の上にさっと置き、カランカランとなるドアを開いて、逃げるかのように店を出た。
駅はこの道をまっすぐ行って20分ぐらいの所にある。
とめどなく目から流れる涙をふかずに走って、走って、走り続けた。
もしかしたら。
もしかしたらこうなるかもしれないとどこで思っていた。
仮に、大雅と一緒に働いていること、大雅への想いが抜けきれていないなりに、変わっていこうと思っていたことをきちんと阿井に話して、なんとか関係を継続することができたとしても、後になって苦しくなるだけで何も解決しないことだって薄々わかっていた。
それでも涙が止まらないのはずっと前から思っていたことが確信に変わったからだろう。
ー俺は結局誰にも愛されないのかな。
なんで?
なんで俺は母さんからも、父さんからも愛されなかったの?
ほかのみんなは、転んでケガをしたら「大丈夫?」と声をかけて貰えるのに。
徒競走で一等賞を取ったら「すごいね」と褒めてもらえるのに。
どうして、どうして、俺は…
空からザーザーと大粒の雨が降ってくる。
今朝のニュースでは雨が降るなんて予報していなかったのに。
絞れる程に服は濡れ、髪からは水滴が幾度となく滴り落ちる。
駅につき、携帯で新幹線の時刻表と、今の時刻を一緒に確認すると、丁度、新幹線が到着する時刻に差し掛かっていた。
一刻も早くこの地から離れたい。
真尋はその一心でびちゃびちゃと音を立てる靴を走らせ、風のごとく改札を抜けた。
この場所から離れたところで何も変わらない。
そんなことは分かっている。今も昔も。
それでも、もうー…
ホームにたどり着き、田舎にしか見られない古いタイプの新幹線へと駆け足で乗り込む。
少しして車体が動き始め、自分がいかにずぶ濡れだったかを改めて実感するも、朝早くから忙しなく移動していたこともあり、それを処理する力は残っていなかった。
汗か、雨か、それとも涙か。
もうどれかすら分からないものが頬を伝うのを感じながら真尋は、にじり寄るように瞼を閉じた。
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