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第70話記念ストーリー 後編
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力強くガシッと握られた手の平がぐしゃぐしゃに潰され、自分の顔がひきつるまではほんの数秒のことだったと思う。
いつもは、ずっと同じような顔をしてカメラマンの脇に立ちながら撮影を見終わると「よかったよ」とだけ言って帰っていくだけだったし、こんなふうに興奮しきったディレクターを見たことがなかった。
「え、あの…」
「いやっあ…、本当にね、僕感激。素晴らしいよ!!見てほら澤木さん!聖君のアンニュイさを覆すこの幼気な少年のような笑み!!!」
両手を広げて、天井を仰ぐと、ディレクターは、ほらぁほらぁ!とカメラを持ったまま呆然としていた澤木さんの腕を引っ張り、彼をパソコンまで連れていった。
ワタワタとしながらも、カメラマンである澤木さんはどれどれとパソコンを覗き込む。
「お〜!これはいいですね!自然な感じで!!嘘くさくないし、なによりギャップがあっていいなぁ〜、聖君がいいならこれ載せたいぐらい!」
え、そんなにいい顔して笑ってたか?
俺。
むしろ吹き出したような気もしたけど…。
ディレクターとカメラマンが予想外に褒めちぎるもんだから、逆に焦ってくる。
その二人の反応にスタイリストや、照明までが寄って集ってパソコンのディスプレイを眺め始め、ついにはマネージャーと一緒に森口まで覗きに来る始末だ。
まぁ、森口もヘアメイクとしている訳だし、別段おかしなことではないのだが何だか酷く小っ恥ずかしい気分になる。
「畠中さんって、こんなふうに笑えるんですね、何だかびっくりですよ〜!」
「ね、すごいイメージ変わった、いい意味で!」
ニコニコと笑いかけてくる女性スタッフに適当な相槌を打って、ちらりと森口の方に目線を送ると、森口はグッジョブマークをこちらに向けて、「ナイス」と口をぱくぱくして見せた。
その行動に思わず顔がニヤけて、口元を手で覆い隠していると、褒められて照れているのだと勘違いした周りが、更に黄色い声で賞賛を続けた。
森口もそれに加担して、笑っている姿が見えて、森口との出会いをくれた、この仕事に初めて心からやり甲斐を感じた気がする。
その後もトントン拍子に撮影は進み、順調に撮影を済ませたあと、バラエティー番組の収録に向かわなければならなくなったので、森口とはそこの撮影現場で一旦別れることになった。
というのも、マネージャーである酒井さんが森口ともっと話がしたいとかで、すべての仕事を終えたあと森口、酒井さん、俺というメンツで飲みに行くことになったのだ。
少し天然気質ではあるが仕事はきっちりこなし、困った時はしっかりとした支えになってくれる酒井さんは、あまり他人と馴れ合うことをしない。
長年仕事をしてきたスタッフとでさえ、あまり関わっているところを見たことがないし、ましてや、誰かをご飯に誘うなんてそんなことは一度だってなかったのに。
どういう風の吹き回しだろう…。
ちらりと酒井さんの方を盗み見ると、酒井さんはのっぺりとした顔をしながら「聖君、お腹すいてない〜?」と餡パンを差し出してきた。
正直そんなに腹は減っていなかったが、せっかく渡してくれたのだ、ありがたくそれを受け取ると、酒井さんは和やかに微笑んだ。
「聖君にね、「思い出、語ります。〜あれからどうなった!?〜」のオファーがきてるんだけど、どうする?」
「…どんな番組ですか?」
「ん〜、聖君がNG出してるようなやつかな。」
「あー…」
番組名からしてそんな気はしていたが、やっぱり、と眉を顰めてしまう。
基本、オファーが来ればどんな仕事も引き受けることをポリシーとしているが、こういった過去の思い出を詮索されたり、昔の同級生がサプライズだか、ドッキリだかで現れるたり、といった番組での仕事は苦手だ。
過去の思い出なんて、特に語れるようなものはないし、昔の同級生なんて、森口と一緒に生活していたあの小学校を卒業したあたりで消え失せ、中学や高校では、やたらと群れるのが嫌いだったということもあり、周りに「こいつ俺の友達なんだ」と紹介できるようなやつはいなかったと思う。
そういった理由でそのような番組のオファーが来た時は俺にその話が来る前に、酒井さんの方から断ってもらっていたのだが、どういうわけか、その酒井さんが「どうする?」と尋ねてきたのだ。
「聖君、今人気上がってきたでしょ?だから結構そういう番組からオファー多くてさ。僕も最初は断ってきたけど、毎回断ってると段々申し訳なさも出てくるし…」
困ったように頬を掻きながら上目遣いでこちらを見つめてくる酒井さんを見ると、罪悪感でいっぱいになる。
確かにいつもいつも断ってばかりでは、酒井さんも面子が立たないだろう。
でも本当に世間に公表できるような思い出話も同級生も、いや同級生は森口がいるか…。
いやいや、無理だよな。うん。
ぐるぐると瞑想しながら、うーん、と首を擡げていると、酒井さんは更に追い打ちをかけるかのように「1回だけでもいいから」とついには手まで合わせ始めた。
これはもう、うん、と言わざるおえないな…。
「分かりました…じゃあ1回だけ…。」
渋々承諾し、そう告げると酒井さんは、「わかった!ありがとう!!」と目をキラキラと輝かせて、楽屋から出ていってしまった。
全く、わかりやすい人である。
そうしているうちに、いつの間にか収録に行かなければならない時間となっていて、聖は食べかけだった餡パンを口にまるごと放り込み、スタジオへと向かった。
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