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三日月 -1-
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私が初めて薫に会ったのは、祝言の日だった。
薫は背も小さく、この時代にはまだ珍しい洋装で、年端もいかぬ子どものように見えた。
私より一つ上だと聞いて驚く。
目が合うと、ニコッと笑う薫を見て、私の心臓がドクンと鳴った。
色白で、今にも消えてしまいそうなほど儚い薫から、私は目が離せなかった。
ある日、父が私を呼び出してこう言った。
「公爵家との縁談が決まった。今月六日に会うことになっているから、
その心づもりでいるように。」
私はまだ帝大を卒業しておらず、急な話に戸惑った。
「何、心配するな。我が家は爵位では劣るが、後三条天皇の血筋。
何も引け目を感じることはない。」
それでもまだ戸惑っている私に向かって、父はさらに続ける。
「はっはっは。相手が気になるか?
案ずるな。とても美人だと聞いている。
歳はお前より上だが、何、たいしたことはない。
公爵がおまえを見かけ、ひどく気に入ったそうだ。
この縁談が決まれば、お前は花房家に入り、家督を継ぐことになる。
この家は准一に任せておけばいい。
何か不服か?」
私はいきなりの話に、ただ戸惑うばかり。
もちろん、兄がこの家を継ぐことに不満があろうはずもない。
兄の准一は偉丈夫にして頭脳明晰。
これほどの男がいるものかと、自慢している兄だ。
だが、私も嫁を貰い、この佐倉川家を支えていくものとばかり思っていたのだ。
公爵家に入って家督を継ぐ?
この家を出る?
そんなことは考えたこともない。
なんとか言葉を捻りだす。
「私に異存はありませんが……性急すぎて、少し困惑しております。」
「何を女々しいことを。お前ももう二十歳。結婚してもおかしくない歳ではないか。」
「そうではありますが……。公爵家に男子はいらっしゃらないのですが?」
父は口を噤んで腕を組む。
「ご長男がいらっしゃる。だが……病弱で家督を継ぐのは難しいようだ。
伯爵家の次男が公爵家に婿入りするのだ。文句を言うやつもいるやも知れぬが……。
これも人助けだよ。」
父はじっと私を見つめ、有無を言わせぬ声で言う。
「わかったら行け。今まで通り、勉学に勤しむように。」
「……わかりました。」
私は頭を下げ、父の部屋を後にした。
それから数日が過ぎ、見合いは滞りなく進み、今日の祝言に行きつく。
隣で笑う和子は、噂に違わぬ器量で、公爵も私をとても可愛がってくれる。
この縁談に不満があろうはずがない。
薫のことも、和子からなんとなく聞いていた。
「薫は……生まれつき体が弱くて……。
母が亡くなってからは、ことさら私も父も心配していて……。
あの子を残して嫁ぐのは本当に心配でしたの。
だから、今回のご縁……本当に嬉しくて。」
和子は嬉しそうに笑う。
私が断れないことも知っていて、クスクスと笑う薄茶の瞳。
そんな和子にゾッとしないわけではなかったが、
私に断るという選択肢は存在しない。
これも人助けだ。
父の言葉が頭の中に響いた。
祝言も済み、私が花房家に入ると、和子は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
元来世話好きなのか、痒い所に手の届くその手際の良さに、惚れ惚れするを通り越して、
呆れるくらいだった。
ずっと薫の面倒を見てきたのだろう。
手のかかる弟がもう一人できた。
和子にとってはそのくらいのことにすぎないのだ。
もちろん、夜の営みも問題なく行われる。
私は和子が初めてで、緊張しないこともなかったが、和子は私を上手く誘導してくれた。
もしかしたら、和子は私が初めてではないのだろうかと訝しんだが、
和子はクスクス笑いながら、そんなことはないと否定した。
「私は結婚したことも、お付き合いした殿方もおりません。
凌二様が初めてでございます。」
そう言い放って、私の胸に口付けた。
「これからは『あなた』とお呼びしなければね?」
私を見上げる薄茶の瞳は、私の腕の中で満足そうに笑うと、目を閉じる。
しばらくすれば子もできるだろう。
私にとって夜の営みは、その程度のことにすぎなかった。
生活が落ち着いてくると、私は公爵に着いて、仕事のお供をさせられるようになった。
公爵は外国からレースやシルクを輸入する貿易会社を営んでいた。
特に何をするわけでもなかったが、見る物聞く物、新しい世界が面白く、
暇さえあれば、貿易関係の書物を読み漁った。
そんなある日、夜も10時を回った頃、聞きたいことがあって、公爵の部屋に向かった。
こんな時間に失礼かと思ったが、もし起きていらっしゃれば
酒でも飲みながら聞けるのでは……そんな風に考えて、
廊下を曲がったところで足を止めた。
部屋からは人の声がする。
ここはどなたの部屋だったか……。
佐倉川の家も小さくはなかったが、この家はその倍ほどの部屋数で、
今だに開けたことのない部屋がたくさんあった。
住んでいるのは我々四人と住み込みの女中が数人のはず。
時折、親戚がやってきて泊まっていくが、親戚全部を把握するには至っていない。
決まった日に来る客がいるわけでもなさそうだった。
この部屋は公爵でも私でもまして和子の部屋でもない。
薫の部屋は3階にあると聞いている。
……客か?
私はその場に立ち尽くし、じっと耳を澄ませる。
「ぁ……あんっ……も………っやぁ……あぁ……。」
「……ぃぃ…………可愛い………。」
クスクス笑いと……甘い睦言。
私の顔がボッと赤くなる。
公爵?
公爵とて男だ。
そういう相手がいてもおかしくはない。
私は足早に自分の部屋に戻った。
他人のそういう場面に遭遇するのは初めてで、昂る心臓はなかなか静まってくれなかった。
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