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三日月 -24-
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「姉様!」
薫は和子に駆けより抱き着く。
「薫!」
和子も薫を抱きしめる。
「ああ、薫。元気そうでよかった……。」
本当に嬉しそうにお互いを確認しあう姉弟。
「少し……頬が丸くなった?」
「んふふ。そうかも……。最近、食欲も出てきたから……。」
「凌二様がよくしてくださるのね。」
薫は私を見て笑う。
私も相槌を打つ。
和子の隣で、正樹もにこやかな笑顔を振りまく。
「今日、颯(はやて)はどうしたんだい?」
私は和子の周りをキョロキョロしながら、和子に聞く。
颯というのは私と和子の間に生まれた子の名前だ。
公爵が名付けてくれた。
政界に、財界に、社会に、巻き上がる一陣の風……。
そんな願いが込められているのだろうか。
「今日はおいて来ましたわ。6ヶ月の赤子に汽車はまだ無理です。」
和子が可笑しそうにクスクス笑う。
それはそうだが……。
会えるのを楽しみにしていた私は、落胆の色を隠せない。
「そんな顔をなさらないで……。」
和子が私の頬を撫でる。
「凌二様は少しお痩せになったみたい……。」
「……そうかな。」
私も自分の顎を撫でてみる。
自分ではわからないが、少し痩せたのかもしれない。
二人に椅子を勧め、私は茶を入れようと茶器を用意する。
「まぁ、いけませんわ。私がやりますから。」
和子が私の手を取り、茶を入れようとする。
「いいから、座っておいで。ここにいればこれくらいは自分でできるようになる。
良い紅茶が入ったから、私に淹れさせておくれ。」
私がニコッと笑っても、心配そうな和子はその場から離れない。
私がゆっくり、紅茶を淹れると、和子はやっと安心したように、ホッと声を漏らす。
「とてもいい香り……。」
和子は薫と正樹の方を見て言う。
私は四人分の茶を淹れ、みんなの前に並べる。
「で、何かあったのかい?」
私と和子も席に着き、茶の香りを楽しむ。
「木寺宮のご結婚のお話はご存知?」
和子がカップを手にして、私を見る。
「ああ、新聞で知っているが……。」
「結婚式に、あなたにも出席して頂きたくて。」
「断ったものと思っていた。」
私はびっくりして薫の顔を見る。
薫も驚いた顔を隠さない。
「ええ……ですけれど、我が家から誰も出席しないわけにもいきませんもの。
あなたは私の夫……。今回は相手が宮家ですし、一度戻って頂きたいの。」
「……わかった。」
「凌二さん!」
薫が声を上げる。
「何、すぐ戻って来る。そうだ。薫も一緒に戻ろうか?」
「…………いい。」
薫は口を尖らせて下を向く。
これだけ世話になっている和子の頼みを、断ることはできない。
この生活ができるのも、和子のおかげなのだから。
「薫……。」
私は隣の薫の手を握る。
薫はその手を振りほどいて和子を誘う。
「姉様、庭に行こう。今は野ばらが咲いてる。」
薫は和子も見ずに庭に続くドアへ向かう。
「まぁ、素敵。」
和子もカップを置いて立ち上がると、薫の後に続く。
久しぶりにあった姉弟だ。
二人きりで積もる話もあるだろう。
二人が庭に降りると、私は、正樹に今の花房家、佐倉川家の様子を聞いてみた。
「公爵は……私達のことをなんと思っているのだろう。」
正樹はさわやかな笑顔で茶を啜る。
「どう思っていらっしゃるのか……公爵のお心の中まではわかりません。
ですが、薫さんの身を案じていらっしゃるのはわかります。
この間、庭のバラを、ここに植えてはと言っておられましたから。」
「……公爵。」
「ここでは手入れをする者がおりませんから、おやめになられましたが、
薫さんと奥様の好きだったバラですから……。」
「……佐倉川の家は?」
「無事、女の子が産まれたようです。詳しくはわかりませんが。」
「私のことは……?」
「ここにいることは……ご存じないと思います。」
申し訳なさそうに正樹が顔を伏せる。
「君がそんな顔をすることはない。これは私が選んだことなのだから。」
「ですが……凌二さん……お痩せになりました……。」
「そうか……少し老けたか?」
私は自分の頬を撫でながら言う。
「そんなことはありません。変わらず美男子で……。」
正樹が恥ずかしそうに笑う。
「腎虚かと……心配しました。」
「腎虚!」
確かにここに来た当初は、薫に触れる度に体を重ねていたから……。
そう思われてもおかしくなかったが、今はそこまでではない。
私は笑って、カップを口へ運ぶ。
「そんな心配は無用だ。」
「……はぁ。」
そんな心配は無用だが……少し疲れていたのは事実。
私は隠れて生活することに慣れていない。
最初の頃は、薫を抱きしめられる嬉しさでいっぱいだった……。
しばらく経つと、時間を持て余すようになり……。
自分にできることを模索した結果、
今は細々と、貿易関連の解説書などを書いたりするようになった。
社会との繋がりができると、今度は外に出られないもどかしさを……感じ始めてしまう。
現に、戻れると聞いて心が晴れやかになっている。
薫を置いていくとわかっていても。
「薫さん……置いていって大丈夫でしょうか?」
「すぐに帰って来る。一日二日、一人にしても生活できないわけじゃない。」
そうだ。薫も大人なのだから。
それに……私は公爵と会って話をしなければならない。
今回の不義理……会ってお詫びしなければ……。
窓の外に目をやると、美しい姉弟が、仲睦まじそうに笑い合っている。
「泊まっていくかい?」
「いえ……颯さんを置いてきてますから……。」
「そうか……。颯にも……会えるのだな。」
「はい。それは可愛らしくて……。」
正樹が、満面の笑みで笑った。
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