アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
三日月 -34-
-
私と正樹はそんな二人の後ろ姿を見送り、お茶を啜る。
「あちらはどうだい?何か困ったことは……。」
「そうですね……。颯さんがやんちゃすぎて……ほとほと疲れてます。」
正樹が困った顔を作って笑う。
「ははは。それはすまない……。あの子のやんちゃは私似かな?」
二人で声を上げて笑う。
「公爵は……お体は大丈夫か?」
「はい。まだまだ元気でいらっしゃいます。会社の方は私と和子さんでやってますし、
穏やかに過ごしておいでです。」
「そうか……よかった……。」
「凌二さんと薫さんも……順調のようですね。見ました。薫さんの挿絵……。」
「ああ、いいだろ?女性の優しさが出ていて……。」
「はい。」
正樹がお茶を啜る。
「あれは、和子がモデルだよ。」
「……似ていると、思いました。」
「薫にとって、和子は姉であり、母であり……。
薫は知っていたよ。全て。」
正樹の手が止まる。
「母を亡くしてしまったから……。姉は救いたかったのだろう。」
「薫さん……。」
正樹は窓の外の姉弟に目を馳せる。
「正樹君は……このままでいいのか?」
「え?」
正樹は何のことかわからないと、首を傾げる。
「和子と……颯を任せっきりにしてしまって……。」
正樹はクスッと笑って、私を真っすぐに見据える。
「和子さんは……僕の憧れなんです。僕の気持ちを言葉にするのは難しいのですが……。
僕は今の自分に満足しています。
薫さんへの想いが、転化して今があるんです。
僕は和子さんのようにはなれない……。
まして、凌二さんのようにもなれない。
形は違えど、和子さんのことも颯さんのことも大切なんです。」
「正樹君……。」
正樹は、ははと笑って紅茶を口へ運ぶ。
「もし……他に愛する人が現れたら……遠慮せず言ってくれ。
君が犠牲になるなんてことは……。」
「お気遣い……ありがとうございます。
でも、大丈夫です。僕は……これでも幸せなんです。」
「正樹……。」
愛の形は様々……。
正樹のような愛し方も、あるのかもしれない。
「凌二さん!」
窓から薫が叫ぶ。
「潤と一緒にバラを植える!」
天使のような薫の笑顔が、私と正樹の心を満たす。
「ああ、気を付けて、潤の言うことをちゃんと聞いて……。」
「颯にも……バラには棘があるって教えてあげなくちゃ!」
バラには棘……。
棘のおかげで薫に出会い、薫の棘に絡めとられた……不思議なものだ。
だがその棘は、何よりも甘美な痛みで私を刺激する……。
「今日は泊まっていくかい?今時分は蛍が綺麗なんだよ。」
「蛍……ですか?」
「ああ、颯は見たことがないだろう?
薫と……毎年見に行っている。」
あの時、見に行けなかった蛍……。
二人で行こうと約束して、もう何度見に行ったのだろう……。
ドンドン。
ドアを開けてくれと小さな手が叩く。
庭に通じる扉を開けてあげると、颯が嬉しそうに小さな手を広げた。
そこには小さな野ばらの花弁。
「これをくれるのかい?ありがとう。」
私はそれを受け取って、颯の頭を撫でる。
ぷっくりと愛らしい唇が、嬉しそうに三日月を作る。
「ああ、今日は三日月だね……。」
「外はまだ明るいですよ。」
正樹が私を見て笑う。
「今日は三日月なんだよ。」
私は庭に目を馳せる。
薫と和子と潤が、笑いながらバラを植えている。
「お父ちゃま……。」
颯が私に向かって両手を上げる。
私は颯を抱き上げ、その額に頬を寄せる。
「今日は、一緒に蛍を見に行こう。」
「……おた…りゅ?」
「蛍……綺麗だよ。颯は何を願うのだろうな?」
初めて薫と見た蛍……。
あの、東京から戻って来た日……。
「うわぁ。すごい……。こんなに?」
「ふふふ。すごいね……。」
「三日月より綺麗……。」
「薫は三日月が好きだな……。」
「凌二さんに……会えるから……好きになった。」
「薫……。」
「見て!あそこ、まるで……星が降って来たみたいだ……。」
「星……?」
「うん。流れ星がいっぱい……。」
「じゃぁ、願い事がいっぱいできるね。」
「願い事?」
「そうだよ。流れ星に願い事をすると叶うと言われているんだ。」
「願い事は……僕は一つでいい……。」
「私も一つ……。」
私は颯の手をぎゅっと握る。
きっと私達の願いは同じ……。
その願いが、今、叶い続けている。
窓の外の薫が、私と颯を見つけて手を振る。
私は笑ってうなずき返す。
私の幸せは、薫と共にある。
未来も、薫と共にある……。
颯が小さな手を空に向かって伸ばす。
いつまでも二人一緒に……。
離れることなく……。
了
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
34 / 39