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その同じ頃、日下部の方は、指定時間ちょうどに、父親の経営する会社の本社社長室に辿り着いていた。
「社長、千洋さんをお連れしました」
秘書が開けた扉の向こうへ、日下部もゆったりと足を踏み入れる。
真正面の大きな執務机の向こうに、社長椅子に座った父の姿が見えた。
「やぁ千洋。久しぶり」
「どうも」
ニコリと微笑んだ、日下部によく似た、けれど歳を重ねた父の顔を、日下部は無表情で見つめる。
「ご苦労」
労う父の言葉に、秘書は一礼して静かに部屋を出て行った。
「まぁ座って」
部屋の一角のソファセットを示す父に、日下部はスタスタとそちらに足を向け、ドサッと乱暴に腰を下ろした。
社長椅子からスッと立ち上がった父もまた、ソファセットの方に歩いてくる。
バサッ。
「見たよ」
ふと、間近まで来た父が、テーブルの上に1冊の雑誌を放ってきた。
その表紙は日下部も見慣れた、以前に自分が載った雑誌のものだった。
「ふぅん」
「よく撮れている。おかげで紹介してくれというお嬢さんたちが後を絶たない」
さすが我が息子だ、と笑っている父にも、日下部の無表情は崩れなかった。
「しかし、いつの間にか、お相手がいるようじゃないか」
ここには特定の相手はいないと書いてあるのにな、と笑う父に、日下部の冷めた目が向いた。
「雑誌のインタビュー記事が真実などではないことは、あなたが1番よく知ってるだろ」
フッと吐き捨てるように言う日下部の向かいのソファに、父がゆったりと腰を下ろした。
「まぁ、編集部とこちらの都合のいいようにしか書かれないな」
クックッと笑う父を、日下部は汚いものを見るような目で見た。
「遠回しに言ってないで、さっさと本題に入ったら?」
お互い暇じゃないんだから、と言う日下部に、父は薄く目を細めた。
「本題?」
クスッと笑う父の顔は、自分によく似ていて、日下部は不快感に苛々し始めた。
(このたぬきが…)
「八代将平。あんな子供まで利用して」
「ふふ、少しは焦った?いや、おまえは抜かりないよな。でもお相手は?」
やはりか、と父の企みを分かっている日下部は、ギロッと父を睨みつけた。
「あいにく、信頼し合っているものでね」
フンッとばかりに言い捨てれば、父の顔が苦いものになった。
「別れなさい」
スッパリ。遠回しにも、オブラートに包むこともなく、はっきりと命じてきた父に、日下部はニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。
「断る」
「千洋」
「なんですか?お父様」
わざと嫌味ったらしく丁寧語を使った日下部に、父の冷やかな目が向いた。
「その歳で独身でいることも、女遊びを続けることも構わない。むしろ引く手数多で絞りきれないと、いくらでも言い訳は立つ」
「……」
「でも男は駄目だ」
ピシリと言い切る父に、日下部はチラリと壮絶な流し目を向けた。
「あなたに指図される筋合いはない」
「千洋!」
途端に声を荒げる父に、日下部は思わず笑い声を漏らした。
「ふっ、ははは。あなたの慌てる姿は面白い」
「千洋…。これは、遊びや冗談ではないんだぞ」
ムッとわずかに機嫌を損ねて呟く父に、日下部は楽しげな表情を崩さなかった。
「そう。俺も遊びや冗談じゃない。本気だ」
綺麗な笑みを、ギッと真剣な目に変えて、日下部は父を睨んだ。
「はぁっ…。何故だ。おまえは女が好きだっただろう?それとも未だに反抗期か」
いくつだ、と呆れる父に、日下部はハッと馬鹿にしたように笑った。
「あなたには、きっと一生分からない」
人を心の底から愛しいと思う気持ち。
その想いの前には、性別なんて些細なことは、どうでもいいと思う気持ち。
「俺は何があってもあいつだけは手放さない」
堂々と言い切る日下部に、父は疲れたように溜息をついた。
「頑固だな。仕方ない」
スッとソファから立ち上がった父が、執務机の方に歩いていき、机の中から何かを取り出した。
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