アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
205
-
コンコン。
「失礼いたします」
不意に、ノックの後に続いて、秘書がコーヒーを2つ持って室内に入ってきた。
テーブルに出されたコーヒーを、日下部は黙って見つめる。
「あぁ、ありがとう」
ゆったりと執務机の方から戻ってきた父が、秘書に微笑んで日下部の向かいに再び腰を下ろした。
「失礼いたします」
コーヒーを出すだけ出した秘書は、そのまま静かに退室していく。
パタンと扉が閉まったのを見て、父がヒラヒラと机から持ってきた封筒を掲げて見せた。
「なんだと思う?」
ニヤリと笑う父の表情から、どうせろくでもないものだと知れる。
ジロリと封筒を睨んだ日下部に、父は楽しげに笑った。
「まぁ一服しよう」
封筒の中身を明かさず、父は出されたコーヒーカップを手に取った。
「気になるか?」
封筒から目を逸らさない日下部に挑発するように笑って、父はコーヒーを飲む。
「……」
日下部はその父に対抗するように、無理やり封筒から目を外して、出されたコーヒーカップに手を伸ばした。
(切り札、か…。一体何が)
父の持ち出した封筒が気になりながらも、日下部はなんでもない振りをしてコーヒーを飲んだ。
その瞬間、舌にコーヒーのものではない苦味を感じた気がして、日下部は油断した自分を呪った。
「まさか眠剤…」
クソッ、と思ったときにはもう遅い。
コーヒーの苦味以上に感じた薬の味に、その強力性と量を察する。
飲み干してこそいないが、すでに効き目が回ってしまったことは消しようがない事実だ。
「へぇ?わかるの?普通気づかないと思うけど」
どんな舌をしているの、と笑う父に、日下部の憎しみに近い視線が向いた。
「何を使った…」
「さぁてね」
「くっ、ラボナか…。素人がっ…」
急激に襲い来る眠気に抵抗しながら、日下部はギュッと右手で左手の甲を抓って、父を睨み上げた。
「ふふ、さすがドクター」
勝ち誇ったように笑う父の声が、水を通したように不確かに歪む。
「バルビツール酸系なんて…どうやって手に入れ…」
その強力性と強い副作用ゆえ、簡単に処方される薬ではない。
しかも摂取量を間違えれば、呼吸が止まり、死ねるほどの薬だ。
「量…」
「大丈夫。薬剤師以上の知識があるから」
秘書に、と笑う父に、日下部の目はどんどんと重くなっていった。
「犯罪…」
「立証されなければ、そうは呼ばれない。ほら、気になっていたんだろう?」
バサリと投げ寄越された封筒から、パラリと数枚の写真が飛び出した。
「なっ…」
ぼやけていく視界の向こうで、日下部はその写真に映ったものを目に捉えた。
「山岡…?」
1人は、日下部の最愛のパートナー。
そうして、もう1人見知らぬ男。
そこには2人が連れ添って、ホテルの中へ入って行こうとしている姿が映っていた。
「どういう…」
山岡は肩を組まれている。
山岡も男の腰に手を回している。
山岡が指差す先にあるのはいわゆるラブホテル。
嫌がっている素振りはなく、薄い微笑さえ浮かべている様子で、多分、自らの意思で足を進めている。
「おまえは真剣だと?でも相手はどうなんだ?」
「っ…こんな、の、なにかの、間違い…」
「おまえの本気に対して、相手は遊びなんじゃないか?目を覚ませ」
ハッと馬鹿にしたように笑う父の声が遠ざかる。
「誰とでもホテルに行けるような男に本気など、おまえが間違っているんだよ」
諦めろ、別れろ、と言う父の声が、ゆっくりと掠れていく。
「ち、がう…」
間違っているのはこの写真だ、と言いたい日下部だけれど、もう睡魔に呑まれた口が動かない。
「今日の報告によると、この男とおまえのお相手は、今頃楽しく街でデートをしているそうだ」
クックッと笑う父の声は薄く細く遠ざかった。
(こんなの、罠だ…。山岡が、俺を裏切ることなど…。俺は、信じて…)
必死で回す思考も、とうとう薬の力に呑まれ、日下部は抵抗虚しく、ストンと眠りの中に落っこちた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
205 / 426